前回まで:
【入院4日目】
3日目が終わろうとしている頃。僕の体温は上がる一方だった。
実は前日、ICUで一晩を明かし、一般病棟へ戻る直前の体温計測で37.2度あった。
「7度2分?!」何かの間違いでしょう?的な意味合いで、マレーシア美人の吉井さんに聞いたが、確かに体温計は7度2分を示していた。
その後、一般病棟に戻っても体温は上昇するばかり。昼頃は7度5分を超え、夕方には38度台へ突入。
でも、体調的にはまったく問題ないのであった。
発熱時に感じるような、異様なポカポカ感、倦怠感などはいっさい感じず、逆に体調が良いと言っていい状態だった。
さすがに消灯前、38.8度を示した時は、若干の倦怠感はあるような気がしてきたが。
3日目が消灯した。うつら、うつらとしたが、すぐに目を覚ました。時計を見たら、もう日付は変わって4日目の1時近くになっていた。
体温を測った。39度ある。これはいよいよマズい。
ナースコールをしようか、と考えていたら、ナースさんが入ってきた。隣室の斉藤のジーサン(以下、斉爺ィ)が僕より先にナースコールを押していたのだ。
斉爺ィは糖尿病を患っている。そのためこの病院には何度も入院しているようで、看護師さんたちの間ではけっこう有名人のようであった。
この7階西病棟は循環器系の病棟で、ほんらい糖尿病患者は違う場所なのだが、斉爺ィの今回の手術内容が、詰まりかけていた血管の状態を本来の状態に回復させる、というものだったためここにいるわけだ。で、さらに来月、再入院して、今度は本来の糖尿病関連の手術を行うらしい。
深夜1時。やってきたナースさんは、僕は初めて見るナースさんだった。
斉爺ィ:あした、退院やねんけど、クスリ、足らへんねん!
ナース:ん〜?足らへんの?ちょっとおクスリ、見せて?
斉爺ィ:…。
ナース:…。
斉爺ィ:…。うん。
ナース:…。いや、「うん」と違って。おクスリ、見せて?
斉爺ィ:…。えっ?
ナース:おクスリ!見せて?!
(斉爺ィは耳が遠いのだ)
斉爺ィ:ぁぁ…。これやがな…
ナース:ひーふーみーよー…。斉藤さん、来月、また入院しはるんやんね?
斉爺ィ:…。クスリがな!足らへんねん!
ナース:いや、そうじゃなくて。来月。入院しはるんやんね?
斉爺ィ:…。昼の看護婦にゆーたんや!クスリ、足らへんようになるって!
ナース:ウンウン。次は、いつ入院しはるん?
斉爺ィ:…。insulin!なんか、もう、ほとんどないやろ?(なぜか「インシュリン」の発音は絶品だった)
ナース:足りるんちゃうかなあ。次はいつ入院するの?
斉爺ィ:…。そやろ?!
ナース:…。次は・いつ・入院・しはるの?!
斉爺ィ:…。(負けじと大声)そやぁ!
ナース:口みてぇ。あたしの口、みてぇ。いーつ?次は、いーつ?
斉爺ィ:…。その通りやぁ!
ナース:あかんわ…。耳とおい…。
ナースさんなりに、斉爺ィの役に立とうとしているのはわかるのだが、いかんせん、このやり取りは小一時間くらい続いた。4人部屋だが、この時は僕と斉爺ィしかいなかった。せめて僕の迷惑になる、とは思わなかったのだろうか…。
ただ、僕もクレームを言いにくい状況にあった。熱が39度もあるので、この看護婦さんに、斉爺ィとのやりとりが終わったら、解熱剤を持ってきてもらおうと思っていたからだ。
斉爺ィ問題が落ち着いたところで(すでに深夜2時だ)看護婦さんが僕のカーテンを開けた。
僕は39度あることを伝えた。申し送り事項にも僕の熱の件が記載されていたらしく、39度にさすがにこの看護婦さんも驚いたようだった。
ナースさんが去り、しばし、病室に静寂が訪れた…。本来の、深夜2時の病室の静寂…。
しかしすぐに戻ってくるナースさん。今回は斉爺ィをまったく無視し、まっすぐ僕のカーテンを開けた。
ナース:池田さん、これ飲んどいてください!39度はさすがに高いわ!
僕は失礼ながら、このナースさんへの不信感が芽生えつつあった。夜中の1時に、延々と小一時間、同室の僕がいるのに、耳の遠い斉爺ィと口論に近い状態で話し合い、僕の安眠を妨害し(眠れてはいなかったが)、同時に僕のコールも後回しにしている。初見ということもあり、「大丈夫か?このナース」と思っていた。
そのナースが持ってきた薬なので、飲んで大丈夫かな…との思いがチラリと頭をかすめたのは確かだ。
だが発熱はかなりしんどい状況になっていた。僕は薬を飲んだ。そして眠った…。
2時間後…。深夜4時。
僕はふと目覚めた。
びっしょりと、寝汗をかいている。
ベッドのシーツ、背中に当たる部分はもう水浸しだ。枕もぐしょぐしょ。
パジャマを着替え、シーツは上下逆さにしたあと、バスタオルを敷き、枕もタオルで覆った。
そして、体温計を脇の下へ。
ピピピピ。体温は…
35.5度。
よかった…。
やっぱりあのナース、正しい薬を持ってきてくれたんや。
さっき、あのナースに感じた不信感…。
確かに、他のやり方もあったかもしれない。でもあのナースさんはあの人なりに、斉爺ィに対して誠実に対応していたのだ。斉爺ィ、あした退院し、次の入院までインシュリンが足りなければ、たいへんなことになる。その不安で眠れない斉爺ィのために、糖尿病担当じゃないけど、一生懸命、薬の残りについて調べていた。
そして39度の僕のために、正しい薬を持ってきてくれた。今、熱は下がった。誰のおかげだ?
あのナースさんのおかげだ。
ありがとう、ナースさん。そして不信感とか言うてカンニンな。あなたは一生懸命やってたんや。
さて、今日は出勤予定だったお方さまに、僕の発熱を理由に休んでもらった。
言うまでもないが、発熱は不安ではあったが、休んでまで付き添ってもらうほどのものではない。
ただ、僕の入院〜手術〜ICUでの付き添い。さらに、病院から帰宅し、食事の準備や洗濯物など、この3日間、御方様は気が休まる暇がなかったと思われる。
お方さまはフルマラソン完走者だ。そのくらいの体力は持ち合わせているだろう。でも、心臓手術直後の旦那が発熱で苦しんでいると言う状況は、会社に休みをお願いするには絶好の理由ではないか。
僕が今日、お方さまに会社を休んでもらうようにお願いしたのは、僕のためではなく、お方さま本人に休んで欲しかったからだ。
心身ともに疲れているだろうお方さまには、1日、のんびりしてもらうべく、こっちに来るのは昼すぎでいいよ、と伝えていた。
お方さまが昼からごろ現れて、少ししてから姉がお見舞いにきてくれた。
姉は、20代のころからさまざまな病気にかかり、ほとんど家から外に出られない生活だった。人生を謳歌できるようになったのは、この10年くらいだ。
奈良の姉が大阪の病院に1人で来るなど、少し前までは考えられなかった。
だから、今、姉は人生を謳歌している。僕と同じ血が流れてるな〜と思うのは、食いしん坊で、かつ大食いになってきたところ。
病弱時代、ほとんどモノを食べられなかったのに、今ではバクバク食う。
お見舞いのため、この病院のそばのあべのハルカスに寄った姉は、僕たちのためにたくさんの果物を買ってきてくれた。そして自分用の昼ごはんに買ってきたのが…
「コッテリ焼肉弁当」。
大笑いしながら、焼肉弁当をほおばる姿は、もう大阪のオバチャンだった(^^;;
姉が4時頃、お方さまが6時ごろ帰った。
7時ごろ、渡部先生が病室にきてくれた。そして17日の退院を許可してくれた。
穏やかに波打つ心臓に心から感謝しながら、僕はこの入院日記を書いていた。
【入院日記5日目に続く】