42km地点
初めてその親子と会ったのは、42キロ過ぎの地点で応援していた時でした。
サロマ湖100キロウルトラマラソンの42キロ地点は、メインルートの国道238号線を少しだけ離れる道になります。「愛ランド湧別」という道の駅の裏の道を通ります。そこはまさにサロマ湖の真横。
応援者は「愛ランド湧別」にクルマを停めてお土産を買いつつ、下に降りて応援もできる絶好のポイントです。
僕の友人たちも、ある人はとても元気に現れ、また、ケガのためもう来れないだろうと思ってた人まで現れ、大いに盛り上がっていました。
フルマラソンを越える地点です。まだまだ元気なランナー、諦めが表情に現れ始めているランナー、さまざまなランナーたちがここを通過していきます。
そんな中、ある2人のランナーさんに目がとまりました。
若い女性ランナーと、中年の男性ランナー。
2人はそれぞれ、同じ白と金色のタスキをかけて走っています。
何て書いてあるんですか?
沿道から僕は声をかけました。タスキが反転していて、文字が見えなかったからです。すると男性の方が、
親子で走ってるんです!
と元気な笑顔で返してくれました。
『父と走ります!』て書いてます!
若い女性は走りながらタスキのよじれを直して言いました。
こっちは『娘と走ります!』て書いてます!
お父さんの方も同じようによじれを戻しつつ走っていました。
微笑ましくも、元気に走るその姿には完走を確信させる力強さがありました。
その後、僕は友人を追いかけて55キロ地点、68キロ地点へと移動し応援を続けました。そこでその2人を見かけたかどうかは分かりません。友人たちのことで頭がいっぱいで、少し出会っただけの2人のことなど完全に忘れていました。
というわけで、次にその親子を見たのは…
86キロ地点・ワッカ原生花園
86キロ地点。ワッカの中でした。
サロマ湖ウルトラマラソンの最後の難関、ワッカ。正式名称「ワッカ原生花園」はサロマ湖とオホーツク海を隔てている細い砂州です。
コース上80キロ地点から98キロ地点に渡って立ち塞がっています。
コース最終面に来て、路面は悪路となり、細かいアップダウンが続きます。何よりもオホーツク海とサロマ湖に挟まれるという極めて特殊な環境は、目まぐるしく天候が変化し、あるときは氷のように冷たく、ある時は灼熱の太陽がランナーを苦しめます。文字通り、最後の難関。
おまけにこの中に関門があります。91.6キロの関門は16:54に閉鎖されます。
きのうは予想外に暑い1日で、ワッカの中も暑かったです。かぶり水で身体中を冷やしながら進むランナーの姿も多く見られました。
僕は友人たちが通るのを見届けるため、ワッカ唯一の応援ポイントで待っていました。
往復の道になります。その場所は、往路としては86キロ地点、復路としては91.5キロ地点です。
最後の友人が往路を通過したとき、彼女は自分がゴールに間に合うかをとても心配していました。5回目のサロマの彼女にとって、きのうは最悪のレース展開だったようで、本気で間に合わないかも、と思っているようでした。
僕はその人の不安を払拭してあげるため、彼女が復路の91.5キロに戻るまでそこで待つことにしました。
通り過ぎた彼女を、スマホで追います。応援ナビという機能は、スマホの地図上を彼女が今どこにいるのか、赤い点で示して教えてくれます。
スマホ画面の彼女は、一定のペースを刻んで走っています。間違いなく彼女は間に合うペースでした。
安心して、他のランナーさんを応援して、しばらくした頃。
突然、目の前をあの親子が走り抜けました。
その姿は、42キロで見た時とは別人のように変わっていて。
お嬢さんの方が、ひどく脚を引きずっています。もうまともに走ることができない様子でした。
まるで壊れたコンパスが紙の上でデタラメな円を描くように、ガクガクとガニ股で飛び跳ねるようなフォーム。
股関節炎、ヒザの炎症、足首の捻挫、おまけに腸脛靭帯炎などすべてが一度に併発したような、そんな走り方。
さらに昨日のサロマは予想を覆す好天。大量の発汗でミネラル不足になり両脚が痙攣していたのかもしれません。
一方のお父さんは、力強い足取りで、大きな声で娘さんを励ましながら、走っています。
きっと、お父さんの方はすごいランナーで、もう何度もウルトラマラソンを完走されてる方なんでしょう。
娘さんはそんなお父さんの姿に感銘を受け、お父さんの指導を受けながら、今日の日に挑んだのでしょう。
42キロ地点では2人とも、とてもしっかりした走りでしたが…
ここに来て、娘さんの脚が壊れてしまったようでした。
その時点で周囲に往路を走るランナーはほとんどなく。
よく、直前の80キロの関門を通過出来たなと思うくらいの最後尾を走っていました。
残念だけど、あの脚じゃあ、お嬢さんの完走はないな。
それどころか、つぎの91.5キロの関門も通過できない。
お父さんが娘さんを見捨てることはあり得ないから、この親子さんは91.5キロで終わってしまう。
そう思いました。
一方、僕の友人は着実に折り返し、ゴールは間違いない時間に91.5キロを通過しました。
99.7km地点
さあ、最後の応援ポイントはゴールです!
僕は走って駐車場に戻り、クルマに飛び乗るとゴール地点に向かいました。
ゴールは常呂町スポーツセンターです。
99.7キロに渡って走り続けたランナーたちはスポーツセンター入り口を右折し、最後の直線を最高の笑顔で走り抜けます。
僕はゴール前のちょうど折れ曲がった直後の場所で陣取り、待っていました。
ワッカを通った僕の友人たちは全員がゴールにたどり着きました。自分のゴールをずっと不安視していた友人も、制限時間の20分も前にゴールしました。
そのあとも続々と、100キロを走り終えたランナーたちがゴールしていきます。
最後の直線前で、ぎゅっとガッツポーズをした男性、
小さなお子さんと手をつなぎながらゴールするママさんランナー、
スラリと伸びた手足が美しく、ずっと目立っていた女性ランナーも、満面の笑みでゴールしていました。
いちばん声援を受けていたのは間違いなくこの人!!
そして、
制限時間は、とてもあっけなく訪れました。
10秒前ゴールとか、2秒前ゴールとか、ギリギリ間に合わないとか、そんなランナーは皆無でした。
まるで誰かが500メートル先で通せんぼでもしてるかのように、ゴール数分前からは誰もやって来ませんでした。
あっけなかったな…
と思ったその時、ランナーがやってきました。
お年を召した男性ランナー、そのあとすぐ、若い男性ランナー。
どちらももう制限時間は過ぎていますが、懸命にゴールゲートを目指しています。場内からは惜しみない拍手が鳴り響いています。
次に女性ランナーもきました。
そして…
そのあとにやってきた男性ランナーは、タスキをかけていました。
あのお父さんランナーです。
お父さんランナーはゴール300メートル前の曲がり角で立ち止まり、
背後を振り返りました。
そのすぐ後ろを
うわぁーん!!うわぁーん!!
と人目もはばからず号泣しながら走る少女。彼女もタスキをかけています。よじれはとっくに直っていて、
『父と走ります!』
の文字が、はっきりと読めました。
左手で涙をぬぐいながら、最後の力走を見せる
お父さんは娘さんと並走しつつ、
「仕方がない!仕方がないから!」
と最後まで娘さんを励まし続けていました。
最後のお嬢さんの足取りは、86キロでみたあのガクガクな足取りとはうってかわっていました。
すぐ横のお父さんそっくりの、力強いフォームを取り戻していました。
きっと90キロあたりで復活して、
とても間に合わないはずだった91.5キロの関門さえ通過して、
13時間をわずか91秒だけ越えて、ゴールにたどり着いたのでした。
お父さんが一生懸命に指導されて、お嬢さんはそれを素直に受け入れて、ずっと練習されてきた様子が、目に浮かぶようでした。
最後に2人は手を取りながらゴールをして、
お父さんは振り返り、ずっと走って来た100キロの道にお辞儀をされました。
お嬢さんは前にいるスタッフさんたちにお辞儀をしました。
最後の最後まで諦めず走り続け、でも、ゴールは間に合わなかった親子ランナーさん。
それでも、最後まで礼節を尽くす、素晴らしい親子ランナーさんでした。
また来年も挑戦してほしいな、と願わずにはいられない、素晴らしいスポーマンシップと親子愛がそこにありました。
お二人の残した印象はとても爽やかで。
少女は可憐で、とても美しい女性。
まるでワッカに咲いた、一輪の花のようでした。