【入院1日目】
14時までに入院手続きを終えてください、と病院に言われている。13時20分に家を出る。頭の中をほんの少しだけ、「また、この家に戻ってこれるのかな」などと縁起でもない考えがよぎる。頭を振って、そんなアホな考えを振り払う。
お方さまの運転で、八尾市立病院。家から15分。
受付の1番窓口で、簡単な書類を記入。同じような人たちが4〜5人いる。僕と同じように、不安そうな顔をしている。おそらく僕と同じく、今日から入院する人たちだ。
2時きっかりに、小柄な、若い看護婦さんが現れた。
「7階西病棟担当の梅野と言います。お待たせしました。病室の方にご案内いたします」
4〜5人のおっさんたちが、その若くて美人の梅野さんの後ろを、引きずるような重い足取りでついて行った。みんな、できることなら家に帰りたい!という雰囲気を漂わせていた。
4人部屋、窓際の右。
部屋着に着替える。きょうのメインイベントは胃カメラ。胃カメラで心臓を裏側から覗き、手術時の障害となる血栓等がないかを確認するとのこと。
が、今から6年ほど前、僕は胃カメラを受診したが、どうしてもできなかった。喉にあの異物が差し込まれると、激しく喉が反射し、とめどない吐き気に襲われた。「鼻で呼吸してください!」6年前の先生は言ったし、その理屈は分かるが、とても指示に従えない吐き気。呼吸がまったくできない。
6年前、結局、胃カメラはできなかった。
今回の主治医、渡部先生にもそのことは伝えていた。
「池田さーん。呼ばれましたよ。胃カメラお願いします」梅野さんではない看護婦さんに言われた。
教えられた道順を、病院内をグルグル回り…。
胃カメラ室に到着。
麻酔を喉近辺に留まらせ、喉の反射を起こしにくくする…
が、これも6年前にやっていた。
そこに、渡部先生登場。主治医がわざわざ胃カメラやってくれるのか。
しかし…
まったくダメだった!先端が喉を通った直後、激しく反射が起き、とてもそれ以上通過できない!!オエッ!オエッ!オエーーッ!!
事前に僕からこの話を聞いていた渡部先生は、拍子抜けするほどあっさりと諦めた。
「無理ですね〜。ものすごい力が入ってますわ。喉に」
はやり今回も胃カメラは無理だった。「明日、大丈夫ですか?」不安になり僕が聞く。
「大丈夫大丈夫。よくあることですわ」
渡部先生はクールにそう言うと、手袋を脱ぎ立ち去った。
部屋に戻ると、「もうひとつのメインイベント」が待っていた…。
『剃毛』!!
チ○ン毛剃りなど、中学生のころふざけてやって以来だ!今は剛毛にもほどがある状態だ!!
美人の方の梅野看護婦が立っていた。
「はい、じゃあ池田さん。ベットの上で〜。パンツまで脱いでね〜。お尻の下に、このシートを敷いてくださいね〜」
オムツがシート状になったかのようなシートを、尻の下に敷く。
その上で、カエルみたいに足を開く…。
うら若き美人看護婦の前で…。
なんというカッコウを、オレはしているのだ…。
「ええっと、奥さん、どうされます?作業の間、外に出られてる方が多いですけど?」
作業て…
「いえ!ここにいます!」食い気味に答えるお方さま。興味津々、の目をしている。というか、すでに半笑い状態だ。
「じゃあ始めますね〜」作業の手元を見る勇気はないが、お方さまによれば、T字型の特殊な電気カミソリを使用しているらしい。
景気よく聞こえるジョリジョリ音。お方さま、笑いをかみ殺している。
看護婦さんが言う。「屈辱的でしょ?患者さんによっては、どんな手術より、この剃毛がイヤ、ってゆー方もいるのよ。屈辱的でしょ?」
「屈辱的でしょ?」って、それは僕に聞いているのか?としたら、どう答えるのが正解なのだ?「はい、女王様!」か?
「はい!終了です!あとはお風呂に入って、洗い流しておいてくださいね!」
女王様、いや梅野看護婦はそう言い残し消えた。お方さまに何がそんなに面白かったのか尋ねた。
「だって…(笑)ヒロシの剛毛が…(笑)見る見るうちに…(笑)剃られて、お尻の下に溜まっていくんやけど…(笑)あまりの量の多さに…(笑)『カツラ』が1人前分作れる量やってん…(笑)」
失礼なヤツだ。風呂に行こうと立ち上がった僕の背中に追い打ちをかけるよう、お方さまが言った。
「その1人前のカツラ、薄くなったヒロシの頭にチョコンと乗せたとこ想像したら…(笑)笑けて笑けて…(笑)」
初めての病院風呂。毎日、午前中は男性、午後からは女性で、ひとり20分で区切られている。自分の入りたい時間を各自が記入するノートが入り口にある。時間は、早い者勝ちだ。
午後4:20からの20分間が僕にあてがわれた時間だった。本来、午後は女性時間だが、剃毛した僕のため、剃毛担当梅野さんが、空いていた時間を特別に僕のためにとってくれた。
お風呂に入って驚いた。民宿旅館なみのお風呂だ。人間ひとりが入って思う存分、手足をひろげられる!
洗い場も2つある!お風呂好きには嬉しい風呂だ!!
が!いかんせん、たった20分。着替えの時間ももちろん含まれる。大急ぎで頭、カラダ、を洗い、大きな湯船に浸かる。
さて着替えだ。僕は汗かきのため、拭き取りに時間がかかる。着替え開始は16:35。ギリ、間に合うな。
ガラガラ。「失礼しまーす!」見たことない看護婦さんが入ってきた!
「あっ!まだ入ってます!」大慌てて前を隠すが一瞬遅く、局部を見られた!
「あ、ごめんなさーい」事務的に閉める看護婦さん。
しかし、その看護婦さんはこう思っただろう…。
誰やアイツ?いま女性時間やのに男が入ってるってどーゆーことや?
しかも変に小太りで、チ○ン毛ツルツルやがな!!
ヘンタイやん!!
再び看護婦さん、堂々と入場。「失礼しまーす!」
オレ:いやぁーん?!
看護婦:すみません、お名前なんですか?
オレ:いい、池田です!看護婦の梅野さんに特別にこの時間をもらいました!
看護婦:あー。そーですか。
看護婦、納得して退場。
18時、夕食だ。メニューは、ご飯150g、ミートローフ、ほうれん草のソテー、ひじきサラダ。
どれも、ほとんど味がついていない!
お方さまにほうれん草ソテーをひと口、食べさせてみる。
「うわぁ〜。ほとんど味、ないね!」
そんな「病院あるある」をひと通り経験し、夜はふけていった。20時、面会時間の終わり。
夫:そろそろ帰らなあかんで。
妻:うん…
お方さまは目を伏せた。僕の指を、ずっと握っていた。
僕はお方さまを、1階の出口まで送った。貴重な3連休を、僕のためにあてがってくれている。
妻:ほんだら明日、10時に来るわな。
夫:う、うん。ありがとう。
明日は生まれて初めての手術。
カテーテルアブレーションなど、いまや手術と呼ばないよ!という人もいる。
でも、鼠蹊部と首の大動脈から管を通し、左心房に届け、悪さをしている心臓の神経を人工的に発生させ、それを焼き切る。
手術未経験の僕にとって、それは十分過ぎる手術だ。
明日、上手くいきますように。
病室に戻り、FBを開いた。たくさんの友達が、僕にエールをくれていた。
涙がにじんだ。
2日目・前編はここです。
↓ ↓ ↓