走れダイエットランナー!

ポンコツ夫とポンコツ嫁はん。ランニングで健康維持しつつ映画やテレビ見ながら言いあらそうブログです。

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お方さま・再起動(リブート)!!【フルマラソン完結編】『あなたに、褒められたくて』前編  2016年4月3日 9:00:00〜11:45:40 

 

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複雑な入館手続にうんざりしながら、“科学者”は職場へと入った。

 

日本で最高の研究施設だ。セキュリティも最高レベルのものを使用している。それは当然だ。日本で最高ということは、世界レベルでもトップクラスということ。世界屈指の研究施設。

 

 

自分以外でも、出勤している研究者たちは何名もいるが、今朝の彼はとりわけ早く職場に着いた。

 

自分の研究も含め、他の研究者、研究チームの研究の、どれを取っても、もし成功すれば、世界中の難病に苦しむ何百万人もの人を救えるかもしれない研究が行われている。人類を救済するかもしれない、無数の研究が行われている施設なのだ。セキュリティは万全であってしかるべきだ。

 

“科学者”は自らの研究室にたどり着くと、パソコンの電源を入れた。

 

次に、実験動物たちが住んでいる「動物ルーム」通称『ミッキー・ハウス』を映し出すモニターに目をやる。

 

実験動物たちのご機嫌を伺い、昨夜、ここを出るときまでの数値と比較する。

 

今日は日曜日だが、実験動物たちの体調の変化に日曜も祝日もない。妊娠しているマウスが2匹いて、そのうちの1匹は、今夜あたりにでも出産しそうだ。

 

今夜も徹夜だな、と“科学者”は思った。実験動物こそ、自分たちの研究になくてはならないものだ。その命は、家族に同じ。

 

マウスの出産には、絶対に立ち会わなければいけない。それが、“科学者”の信念であった。 

 

“科学者”は、様々なデータを収集し、パソコンに入力する。本来なら、そこから、昨日までのデータと比較検討し、仮説を立て、次の実験の基本方針を考えるのだが…

 

今日はとてもそんなことができる気分ではなかった。

 

時計を見る。おお、もう8時50分ではないか。

 

あの二人はもう整列を終えている!

 

そう思うと、“科学者”は体内のアドレナリンが勢いよく溢れ出るのを感じた。

 

パソコンの、インターネットエキスプローラーを開く。

 

「さが桜マラソン」

「応援ナビ」

 

へと進む。

 

そして、あの二人のゼッケン番号を入れる。昨日、彼らがフェイスブックにアップしていた写真を保存している。番号を間違えないよう丁寧に入力する。

 

青い丸が旦那の方。そして赤い丸がその嫁さんー「お方さま」の方。

 

スタート地点に、確かに二つの丸がある。間違いない。あの二人は5分後にスタートするのだ。

 

 

“科学者”は、熱いものがこみ上げてくるのを、止めることができなかった。

 

2015年10月から、この「お方さま」への練習メニューを組み立ててきた。

 

当時、彼女は「ほとんど」走れないに等しい状態だった。運動すらしたことがない、という。

 

踏み台昇降運動を課し、正しい足の動きを覚えさえる、というところから始まったのだ。

 

あれから半年…

 

「お方さま」の旦那さんに“科学者”が練習メニューを出し、それを旦那さんが「お方さま」に伝え、練習をさせる。

 

時々、そのフォームなどを動画で撮影してもらい、改善ポイントを正すための新しいメニューを課す。

 

その繰り返しを半年間、続けてきた。

 

旦那さんの方とはもう3年以上の付き合いになる。彼は、オツムの方は少々弱いが、とても優しい人物であった。

 

その優しさは、ともすれば、生き馬の目を抜く現実社会では「弱さ」とカテゴライズされるかもしれないものであった。しかし彼はその優しさを武器にかの奥方と楽しい家庭を作り上げようと努力していて、ランニングはかの奥方の健康増進のため、彼が何とか見付け出した道であった。

 

「お方さま」を、フルマラソンを走らせたい。

 

旦那さんのその夢を、叶えさせてあげたかった。

 

彼らは“科学者”が課したランニングメニューを、真面目に、忠実にこなしていった。

 

動画を見ると、頭を抱えたくなるようなものもあったが、自らのモットーとして、必ず長所を見つけて、褒めて、少しずつ伸ばしていった。

 

「お方さま」と旦那さんの一生懸命さは、彼らがフェイスブックにアップする練習日記を見るにつけ、とてもよく伝わってきた。

 

そして、彼らはやり遂げた。

 

“科学者”を信じ、半年間、自分の指示通りの練習をやり遂げた。

 

“科学者”は、半年前は思いもしなかった感情に襲われた。

 

熱い、熱い感動だった。

 

ついに訪れた大会前日、彼らが大阪から佐賀に入っただけで、もう熱いものがこみ上げてきた。注意しないと、仕事中に号泣してしまいそうであった。

 

そして今日。

 

たったいま!

 

彼らはスタートした!

 

パソコンの上の青い点と赤い点が、ゆっくり、ゆっくり、動き始めた!

 

「よーし。落ち着いて。大丈夫、脚はできてる。ぼくを信じて。きっとゴールできるから!」

 

 

 

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「よし行こう!」と僕はお方さまに言った。

 

「はい!」とお方さまは言った。

 

そして、この時はまだ予想だにしなかった、地獄の42.195kmが始まった。

 

ハーフまでキロ7:40、ハーフからはキロ8:30に落とす、と事前に打ち合わせしていた。その通りのペースで進んでも、5時間半でゴールできる計算だ。

 

お方さまにとって、キロ7:40でのハーフマラソンなど、すでに軽くクリアできる程度のものであった。そしてキロ8:30など、今のお方さまにとっては歩きに近い速度であった。

 

ハーフを超えても、実際はキロ8:30に落とす必要はあるまい。臨機応変に対応して行こう!と僕は思っていた。

 

最初の1kmこそ、スタート渋滞に巻き込まれて13分かかったが、2km目はキロ7:15、3km目もキロ7:15。

 

まさに目標通りの走りができている。

 

天候は、暑くはならなかった。それだけを恐れていた。しかし、去年は100パーセントの予報で大雨だったのに、最後まで一滴も降らなかった。またもや、さが桜マラソンの神様は、僕たちに味方してくれた。

 

暑さに極端に弱いお方さま。僕が背負っているリュックには、暑さ対策の氷やおしぼり、冷却スプレーなどがずっしりと詰まっているが、できるなら、使いたくはなかった。

 

そして、使わずに済みそうな天候となった。

 

10kmが過ぎた。お方さまは練習の成果が100パーセント出せていた。ずっと笑顔で、桜が綺麗に咲いている佐賀の街を走り抜けている。

 

まだ緊張はほぐれ切ってはいない様子であったが、足取りは軽快だ。

 

アニメの孫悟空ベジータ、ピッコロの仮装をして走る3人がいたく気に入ったようで、付かず離れず走るその3人を見ながらとても楽しそうに笑っていた。

 

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10kmを越えた。お方さまは、去年、さが桜マラソンのファンランを走っている。ちょうど10kmで終了するファンラン。

 

コースは、ファンランナーは右、フルマラソンは左、へと別れる。去年は右へ行き、もう終了することができた。

 

「そやのに…。まだ四分の1しか来てないんか…」

 

この時、お方さまはそんなことを考えていたらしい。

 

しかし、徐々に緊張もほぐれて来ていた。

 

「たぶん、大丈夫」

 

お方さまは、そう思っていた。

 

 

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「よーし、いいぞ。全く問題ない」

 

佐賀から900km離れた研究所で、“科学者”は言った。青と赤の点は、極めてスムースに、パソコンの画面の上を移動している。

 

10kmなど、「お方さま」にとっては序の口の部類だ。何度もなんども走った距離だ。何一つこわくない。

 

“科学者”はコーヒーを飲みながら、少し本職の研究用のパソコンへと戻った。

 

以前、イギリスの科学雑誌「ネイチャー」に寄稿し、採用寸前までたどり着きながら、最終的に不採用になった論文を、再度、練り直し始めた。どこが問題だったかは、だいたい見当がつく。

 

自説を補強するため、再度、繰り返した実験結果を盛り込み、新しい論文を作るのだ。

 

しかしやはり、900km先で必死に走っている、我が弟子のことを思うと、マラソンの画面に戻らずにはいられなかった。

 

今日はもう仕事にならないな…

 

赤い点、青い点は、全く予想通りの速度で、着実に、前へ、前へと移動していた。

 

もう、「熱いもの」などという表現では追いつかない、涙が頬に流れるのを感じていた。

 

しかし…

 

点の動きに、変化が生じてきた。

 

19km地点で、いったん、動きが止まった。

 

「うん?どうした?」

 

パソコンから答えが返ってくるはずもないのに、“科学者”は問いかけた。

 

点はやがて、動き始めた。

 

“科学者”は、ホッと胸をなでおろした。

 

次の19km-20km、点は先ほどと同じペースを取り戻した。

 

「おトイレに行ってたんだね」

 

“科学者”はパソコンから目を離し、新しいコーヒーを入れるため、席を立った。

 

動物ルーム=『ミッキー・ハウス』でブザーが鳴った。実験動物の状態を確認する時間だ。

 

「お方さま」もきっと、エネルギージェルを飲んでいることだろう。実験動物たちにも食べ物は必要だ。

 

“科学者”は動物たちの状態のチェックのため、『ミッキー・ハウス』へと移動した。

 

『ミッキー・ハウス』では、少しばかり妊娠マウスの心拍数に異常が見られたため、若干の投薬を行なった。そのため、“科学者”が席に戻ったのは、10分以上が経ってからだった。

 

「さあ、『お方さま』、どこまで進みましたか?」

 

単純計算では、さらに2kmは進んでいるはずだった。

 

赤と青の点を探した。その点は…

 

動いていなかった。

 

先ほど見た、20kmから、動いていない。

 

「え?どうした?」

 

ブラウザが止まっているのか?「更新」をクリックしたら、パッと、点が前に移動するはずだ。

 

ブラウザを更新させた。

 

点は、20kmのままだ。

 

カチカチ、カチカチ、と何度も「更新」をクリックした。

 

点は、微動だにしない。

 

導き出せる結論はただ一つ。

 

彼らは、動いていない。歩いてすら、いない。

 

彼らは、止まっているのだ!

 

「どうしたの?!」

 

“科学者”は思わず叫んだ。

 

「まだ半分も走ってないよ?!いったいどうしたの?!」

 

(続く)

 

 

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