NHKの朝ドラ、今回の主役は安藤サクラと長谷川博己。2人とも大ファンで、とても楽しみに観ています。
特にヒロインの安藤サクラ、よくぞ彼女を持って来てくれた!と感激してしまいます。
さて、安藤サクラと言えば「百円の恋」が特に有名です。もう4年も前の映画ですが、観たときは心が震えるような感激を憶えました。それ以来、彼女のファンです。
「まんぷく」も始まったことだし、百円の恋についてレビューしてみたいと思います。
だいたいのあらすじ
「百円の恋」ってタイトルが何か良く分かりにくいので、簡単にあらすじを。
32歳、ニートのクズ女・一子は家族と喧嘩になり、生まれて初めて一人暮らしをすることに。深夜の百円ショップで働くことになりますが、そこは底辺な暮らしをする人たちの巣窟でした。
やがて近所のボクシングジムに通う狩野というボクサーと同棲する一子。しかし幸せな暮らしはあっという間に終わり、一子は捨てられます。
様々な怒りをボクシングにぶつける一子。はじめはお遊戯程度のボクシングが、やがてプロテストに合格するほどに上達。
クズだった人生をリセットするため、彼女は最初で最後のリングに上がる、という物語です。
安藤サクラがスゴい
この作品は安藤サクラの肉体なしには実現し得なかった作品です。ぶよぶよに太ったニートが、やがて精悍な肉体を持つボクサーになり、華麗なステップで舞うボクサーへと変貌します。
演技を越えたボクシングシーンはスゴいの一言。演技がうまい/へたの枠を通り超え、観るものを納得させるボクシング技術を手に入れる彼女の運動神経や役に対する入れ込みはただただ驚嘆するばかりです。
主人公は3段階で変わる
この作品で安藤サクラは3段階の変貌をします。
第1段階
まず前半。ボサボサの汚い髪を垂らし、だぶだぶパジャマ姿の彼女は、まるで森三中の黒沢か試合後の北斗晶か。
覇気のない、醜い顔をさらし続けます。
第2段階
中盤。狩野と生活する場面では、初めて人間的な笑顔を浮かべたり、「今夜はあたしがご飯作るね」といった、普通の幸せを感じるセリフを言ったりして。
少しずつ、人間性を回復していきます。
幸薄い女の笑顔は、どこか女性らしく、あんなにブスだったのに、かわいいとさえ思えるようになります。
第3段階
そして後半。
すべての怒りをボクシングにぶつけ、思わぬ成長を見せた彼女は、もう昔の覇気の無い人間ではありません。不幸にも立ち向かえるチカラを持った、確固たる人間性を獲得しています。
負け続けの人生
VS妹
前半の一子と対立する人物は、妹の二三子です。二三子が離婚して子供と実家に帰って来たがために、一子の快適なニート生活が脅かされるようになりました。
二三子は気が強く口が悪く、働きもしない一子を罵り、またそれが正論であるため、反論もできず一子は狂ったようにあばれるしかありません。
こうして一子は二三子に負けて家を出て行きます。
VSクズ同僚
中盤で一子と対立するのは同僚の野間。野間が一子をレイプするシーンは実に観ていて不快です。
そもそも野間という男は、ギャンブルばかりして、他人の悪口ばかり言い、自分のことは良く言う、腐った人間です。それが力任せに嫌がる一子のみぞおちを殴りつけ、動けなくしてからレイプするという、極めて醜悪な行動に出ます。
どんなゲス男にさえ、チカラではかなわない一子。ここでも彼女は負けてしまいます。
VS若い女
また、せっかく小さな幸せをつかんだ、と思ったのに…。
狩野が働きだしたとたん、豆腐屋の若い女に狩野を盗られてしまいます。
一子:なんで帰ってこないの?
女:だれ?こいつ?
狩野:妹。
という狩野を呆然と見送る一子の後ろ姿は切なく。若い女に負けてしまった無惨な敗北者です。
一筋の光
そんな彼女ですが、一筋の光があります。それがホームレスに見せる優しさです。
ホームレスは元・百円ショップの店員でしたがアタマが弱く、店の金に手を付けてクビになった人物。もうとても働ける精神状態ではなく、廃棄される弁当を勝手に盗って食べています。
店長は規則を盾にホームレスを閉め出しますが、一子はホームレスに廃棄弁当をあげ続けます。
あのホームレスは唯一、一子よりも底辺に住む人間です。
一子は自分より弱いものに優しくできる人物なのでした。前半のクズニートだった頃には、彼女のそんな性格は分からなかった。少しずつ、彼女は成長しているのかもしれません。
VS店長
後半。一子と対立するのは店長。ホームレスに腐った食べ物を与えようとして、「斉藤さんも食べる?」と侮辱してくる店長に…。
一子はついに手を出します。
もはや彼女のパンチは素人がかわせるものではなく、店長はサンドバック状態。
胸のすくシーンですがクビになってしまいます。ここでも彼女は社会からはじき出され、人生の意味としては負けてしまいます。
一子の成長
母が脚を折り、父は使えない人間。一子に戻って来てほしい、と頼みにくる父。
父:おまえ、なんか、変わったな。
父の言葉に照れたように笑う一子。
もう、クズなニートではありません。
実家の弁当屋で、二三子に教わりながら仕事を憶えていく彼女。
狩野との再会
豆腐屋も辞め、交通整理をしていた狩野が、知らずに弁当を買いに来て、一子の顔を見るなりダッシュで逃げます。
同時に一子もダッシュ!
一子:なんで逃げるの?なんで逃げるの?
という一子のセリフが、可笑しく、同時に切なく。
もう狩野は練習もしていません、すぐに息が切れて走れなくなって。
一子はあっという間に狩野に追いつきます。
名シーン
そして一子は狩野にいいます。
一子:日曜日、試合するの。
狩野:…。
一子:観に来てよ。
狩野:なんで?
一子:来てほしいから。
この、「日曜日、試合するの」という時の一子の表情が、実に素晴らしい!
ちょっと誇らしげで、ちょっと照れていて。
僕は全シーンの中で、ここがいちばん好きなシーンでした。
クズ女が知ったスポーツマンシップ
一子から貰った弁当を食いながら
狩野:お前、なんでボクシングなんか始めたんだ?
という観客も聞きたかった質問に対し一子は、
一子:なんか、殴り合ったり、抱き合ったり、なんか、なんか
と自分の気持ちが言葉にできません。ただ、狩野の引退試合を観たときの光景が、彼女のモチベーションの1つだったことに気づかされます。
ニートで自堕落な自分にはまったく想像できなかった、スポーツマンシップ。
それを知って彼女は成長していたのでした。
試合
入場シーン
試合前、控え室から出る彼女。スローモーションになる彼女の姿に、観るものは彼女の緊張を共有します!実に良いシーン!
そして登場曲は、百円ショップの曲。
一子:あたしなんか百円の女だから
自虐的に言う彼女。しかしその顔は、そんな過去と決別したいと願うかのように真剣です。
一発も当たらない
試合は、会長の言う通り、彼女のパンチなど一発も当たりません。練習では見違える成長をした彼女でも、格上の選手には太刀打ちできないのでした。
1ラウンド、2ラウンド、とボコボコにされてセコンドに戻る彼女。
演技とは思えない
このセコンドでのやり取りは、もはや演技とは思えない壮絶さ。
会長:やめるか?
の会長の言葉に対し一子は
一子:やりたい!やれる!
と叫びますが、こんな単純な言葉さえ、もはや何と言っているのか聞き取ることはできません。セリフというより絶叫。
言葉になっていないそのシーンをあえて使うほどのド迫力を見せる安藤サクラ。
まさに魂のこもった熱演です!!
3ラウンド、防戦一方だった一子の左フックが相手の顔面をとらえますが!!
敵は倒れもせず、次のパンチを繰り出し、一子にクリーンヒット!
一子は決定的なダウンを喫します。
負け続けた人生
そして一子の脳裏に…。
負け続けて来た自分の人生が蘇ります。
二三子に負けて家を出たこと。男に負けてレイプされたこと。若い女に負けて男を盗られたこと。
ずっと負け続けだった人生が蘇ります。
白目しか開けられない、その視線の先に…。
ずっと観戦していた狩野の姿が映ります。
狩野:立て!立て!
会長:立って死ね!
二三子:立てよこの負け犬!
と全員が叫びます。
一子は必死に立ち上がり、拳を振り回しますが…。
試合は終わってしまいました。
もちろん、一子の負け。
会長:嫌いな試合じゃなかったけどな
と会長が言ってくれた、良い試合でしたが、負けは負け。
一子の慟哭
顔を腫らした一子が会場を出ると、狩野が待っていて。
一子は狩野の顔を見るなり、声を上げて号泣します。
一子:勝ちたかったよ。一度で良いから、勝ちたかった
一度で良いから?おかしなセリフです。一子がボクシングの試合をしたのは今回が初めて。勝つも負けるも、初めての経験。
にもかかわらず、「一度で良いから」って、ちょっとおかしい。
でも一子が言いたかったのはボクシングの話ではなく。
ずっと負け続けて来た自分の人生についての話なのでした。
ニートだから妹に正論を言われて負けて。
野間みたいなクズ男にさえチカラで負けてレイプされて。
せっかくつかんだ小さな幸せも、若い女にぶんどられて。
ずっとずっと、負け犬だった自分の人生の中で、やっと見つけたボクシングでくらい勝ちたかった、ということなのでした。
狩野は一子の手を取って。
狩野:メシでもいくか
と、彼女の手を引いて、夜の道を歩いていく、というシーンで終わります。
3つのモヤモヤ
この作品の中には、なぜか結果をはっきりと提示しない、モヤモヤするシーンが3つあります。
1つ目
まず1つ目は、一子がレイプされたその後。
あのクソ男・野間は力づくで一子を犯した後、ラブホの中でグーグーと寝入っています。一子は警察に電話をかけて、
一子:強姦されました。犯人はいま寝ています。場所はニューヨーク。あ、ホテル・ニューヨークです
と電話をして。
警察の到着を待っているかのような、ホテルの外でタバコを吸ってるシーンがありますが。
結局、警察が到着したり、野間がしょっぴかれたりするシーンは無く。
次のシーンは一子が、
一子:チクショー、痛えなあ…
とつぶやきながら家に帰るシーンです。
あのあと、野間は警察に捕まったのかどうなのかを、物語ははっきりと示していません。
2つ目
2つ目は、一子が店長を殴ってクビになった直後。
店を出るといつものホームレスがいて。
一子:ゴメン、クビになっちゃった。もう弁当あげられない
というとホームレスはにっこり笑って、
ホームレス:もういらないよ
というと包丁片手に店に押し入り、レジ係を脅して現金を強奪。
一子に殴られた直後の店長がノコノコ出てくると…。
いままでずっと意地悪をされて来た仕返し、とばかりに包丁を突きつけ店の奥に追いやり…。
その後、奥で何があったのかは描かれていません。
レジ係の、
レジ係:マジっすか?マジっすかぁぁぁーー??!!
のセリフだけで。
奥から1人、出て来たホームレスのカラダには、特に返り血を浴びた様子もなく。
店の外で呆然と観ていた一子のアタマを撫でると、
ホームレス:今までありがとね
と言ってホームレスは走り去ります。
いったい、店の奥では何があったのか。
あのいやらしい店長はホームレスの逆襲にあい、刺し殺されたのか?
そこは描かれていません、観るものの想像に任せる形です。
底辺でも、光るものはあった
ただあそこで描きたかったのは
底辺の生活の中、周りはゲス野郎ばかりだったけど
それでも、ささやかな友情のようなものはあって。
底辺の生活の中でも、結んだ実っていうものは確かにあって。
人生、それほど捨てたモンじゃないっていうことであって。
だからこそ、ホームレスが店長を刺し殺すっていう極端なことをしでかす人非人とまでは描きたくなかったのでしょう。
3つ目
3つ目は二三子との関係性です。
前半で二三子は一子の人生を決定づけるほどの影響力を持つ人物として描かれます。離婚後、家に戻って来て、弁当屋を営む母親を手伝うのですが、口が悪く気が強く、一日中、自分の息子とゲームをしている一子を口汚くののしります。
そのせいで一子は家を出ざるを得ない状況に陥り、人生が激変することになります。
やがて、様々な経験を積んだ一子が実家に帰って、二三子に弁当屋の仕事を教わりますが、姉妹の関係性はそう変わっているようには見えません。
ラストの試合のシーン、さすがに二三子は必死に戦っている姉の姿を、つらそうな目で見つめますが。
口から出る言葉は
「一発ぐらい当ててみなさいよ!」
と
「立ちなさいよ、この負け犬!」
という言葉のみ。
姉を敬うような言葉は一切、口にしません。
一子が負けて、リングから去る場面でも、一子と目を合わせることができず。
試合後も待ってる訳ではなく。
姉妹の関係性は、結局、何の進展も無いまま終わってしまいます。
僕が最もこの作品で残念だったのはそこです。二三子との関係性が最後まで変わらなかった点。
確かに彼女のキャラ的に、そうやすやすと姉を認めるわけにはいかないかもしれませんが…。
だから、試合を見に来ただけでも大きな進展なのかもしれませんが…。
自分の全存在を掛けて戦った一子に対して、二三子から何かアクションが欲しかったな、と思い、残念でした。
福子と正反対の一子
「まんぷく」で、天真爛漫な笑顔で、一言ずつセリフをはっきりと喋る福子とはまったく正反対の女性を演じたこの作品。
未見の方はぜひお勧めしたい一本です!!