2018年12月9日、午後13時47分。
奈良マラソン35km地点。
34.4km関門閉鎖まであと7分。
僕たちは関門の600m先で応援していたため、あの関門に引っかかる友人には会うことができません。
まだここまでたどり着いていない友人は2人いました。
1人はその後、低体温症になったのでリタイアしたことがわかりました。
もう1人、スタート前に会っていたかずちゃんは、
34.4kmの関門が…。越えられるかどうか…。
と言っていました。
詳しくは聞いていませんが、ずっと故障で走れていなかったのです。
僕は
なんなら、関門の前で待ってるから
と彼女に約束していました。「だから、気持ちを折らずに走ってほしい」という意味を込めた約束。
そして関門閉鎖まであと7分となって、彼女はまだ来ていませんでした。
関門の前で待つ、と言った彼女との約束を果たさなければなりません。
2週間前、大阪マラソン。せっかく手術で治していただいた僕の心臓が再びメチャクチャな鼓動を打ち始めてからは走ることを控えていた僕でしたが…。
34.4kmの関門まで600mを、小走りで走って行きました。
沿道に少し前までいたたくさんの応援者も、半分くらいに減っていました。友人たち全員が通り過ぎたので、きっとゴール地点へと応援場所を移動したのでしょう。
関門の前へ
34.4kmの関門は、坂の途中にあります。ランナーから見れば下り坂。
ただの下りではなく、ずっと登って来たあと、頂上を超えてから下る坂の途中。
つまり、登っているランナーは、頂上に邪魔されて関門の存在は直前まで気づきません。
関門にたどり着いて時計を見ると、13時49分。
閉鎖まであと5分。
まだまだたくさんのランナーたちが、苦痛に顔を歪めながら坂に挑んでいました。
サブ3ランナーなら澄ました顔で通過できるこの坂も、
サブ6ギリギリのランナーにはモンスター級の壁。
彼らは必死の形相で、壁に挑んでいました。
よく来た!!よく来た!!関門はもう目の前やで!!間に合う間に合う!!
この場所には応援者は皆無です。ボランティアの高校生がいるだけ。僕は声を出して登ってくるランナーたちを励ましました。
半分、虚ろになっている彼らの目には関門は見えていません。こう叫ぶことで、もう自分が関門のすぐそばに来ていることを知らせて、彼らの気持ちを奮い立たせようと思ったのです。
僕の声に、下を向いてただ坂を登ることだけに必死になっていたランナーたちも、前を向き、もうすぐそこが関門であることに気づきます。
苦痛から、歓喜の笑顔。
それはまるで、泥沼にパッと一輪の美しい花が咲いたようで。
応援する側が、最も嬉しくなる瞬間でした。
何人も何人も、そうやって僕の前を通過して行きます。
残り時間はほとんどなくなって来ました。
友の到着
その時…。
かずちゃんの姿が見えました。
弱々しい足取りで、それでも坂の頂上にたどり着いていました。
僕は彼女に駆け寄り、
よく来たね、待ってたで!
と声をかけました。
もう、ずっと前から関門ギリギリで…。
彼女はしっかりした声で言いました。まだ余力はある、と感じられる、力感のある声でした。
僕は時計を見ました。閉鎖まであと2分、関門まではもう300m、しかも下り。
もう間に合うから!!大丈夫、大丈夫。よく来たね!
僕は彼女と並走し、関門へと向かいました。
34.4kmは、なんとか越えたかったから…。
と彼女は言いました。僕は時計を見ました。あと1分。
関門はもう目の前です。
あと1分あるから!もう大丈夫!
そう言いながら。
そして、僕たちは関門を越えました。おそらく、閉鎖30秒前でした。
マラソンの道は、このまま少しだけ下り…。
そして、いやぁな上りになります。
お方さまのエイドが、すぐそこにあるから
彼女の足は弱々しいながら、豊富な経験を感じさせる、リズミカルなステップでした。
苦痛と笑顔が入り混じった、ランナー特有の表情で。
彼女はお方さまのエイドまでたどり着きました。
最後のランナー
エアサロ、残ってる?
僕はお方さまに聞きました。8本、約4リットル分用意したエアサロはほとんどが空になっていましたが、それでも残りを絞り出して、お方さまが彼女の足を冷やしました。
ぶどうも残ってるよ
最後のぶどうを彼女が口に含みました。
やがて、彼女はとても力強い笑顔を見せました。
ありがとうございます!!
明るい声で彼女は言いました。
関門はまだあと3つも残っています。
彼女はもうキロ9分くらいでしか走れていません。
そのままだと、残りの関門で確実に引っかかる…。
僕はちらりとそういう思いが頭をかすめましたが、もちろん口にはしませんでした。
頑張って!!
その場にいた全員がそう彼女に声をかけ。
小さな、細い後ろ姿は、再び上り坂へ挑んでいきました。
そう、彼女はまさに、お方さまエイドを走り抜けた、最後のランナーでした。
彼女のその後
その後、彼女がどうなったのか…。
気になっていましたが、僕たちはエイドの後片付けと、帰り支度に忙しく。
しばらくはアップデートもFBも覗くことはできませんでした。
34.4kmの関門は越えたけど、あの足では完走は難しいだろうな
僕はずっとそう考えていました。
FBを開くと…。
お掃除ランナーの宮路さんが、ゴールの写真をアップされていました。
何度も投稿していますが、奈良マラソンはランナーゴミの量がとても少ないです。今日も紙コップの量は1袋のみでした。
と、嬉しいコメントを添えて。つまり奈良を走ったランナーは、とてもマナーのいいランナーばかりだった、ということでした。
宮路さんはゴミ拾いをしなければサブ3ランナー。ゴールはできて当たり前で。
ご自分で時間をコントロールされながらゴミを拾いつつ。
30秒前にゴールされたそうでした。
その、ゴールのお写真の右横には…。
かずちゃんの姿がありました。
…。アッパレ!!
ただ、僕はそう思いました。
あの足で、どうやって残り7kmを走ったのか。
それも最後の関門はキロ7分半を出さないと越えられないはずなのに。
あの弱々しい足でキロ7分半など出るはずがないと思ったのに。
アッパレ、ただただアッパレ!!
もう、速いとか遅いとか、そんなことはどうでもよく。
走り通したとか、途中で歩いたとか、そんなこともどうでもよく。
都市型マラソン大会とは思えない、過酷なあの坂道を、
42kmにも渡って、
しかも、通常より1時間も早く閉まる6時間制限の中、
故障を抱えながら
コツコツと吉住選手の練習会で技術を磨いて
ゴールまでたどり着いた、あの細くて小さな身体を思うと
僕は熱いものがこみ上げてきて仕方なく。
そして、寒くて熱かった、奈良マラソン2018の最後を
美しく締めくくってくれた彼女に
優勝した選手に贈る以上の、
心の中で、最大級の賛辞を送ったのでした。