【再入院日記 2日目=手術日・前編】
眠れない夜
2016年の9月13日に、僕は1度目の心臓カテーテルアブレーションの手術を受けている。
もしも、今回の2度目の手術で前回よりもアドバンテージがあるとしたら。
前回、麻酔の効きが浅くて手術中のことをはっきりと覚えている、ということを再三にわたり、関係者に訴えたという点だ。
前回、麻酔が切れて覚えている箇所は、おそらくはもっとも痛みが強かった箇所と思われる。すなわち…。
・鼠蹊部に激しい痛みで、カテーテルが挿入された記憶。
そして何より恐ろしかったのが…。
・心臓内部にカテーテルが届き、電気ショックで心臓が破裂すると思うほどの衝撃を受けたこと、
・心臓内部を焼き切っている際、自らの体内から何か焦げたような匂いがしたこと…。
どれも、トラウマ級の恐怖だ。
同じ手術を受けた人で、そんな記憶はまったくない、という人もいる。
僕は体質的に、麻酔の効きが浅いのかも知れない。
だから僕は今回の手術の前に、事あるごとに訴えてきた。
「どうか、前回よりも麻酔の量を増やして下さい!!」
と。
主治医の渡部先生にも、
同じく手術に当たって下さる福岡先生にも。
また、手術前のカウンセリングで婦長さんにも。
何度も何度も、訴えて来た。
渡部先生もさすがに
(何回言うねん…)
的な苦笑いをしながら、昨日カウンセリングをして下さった。
願いは恐らく届くだろう。前回より、麻酔の量は増やしてくれるだろう…。
そう思い込み、眠ろうとしたが…。
ほとんど眠ることができなかった。
2年前は同室の斉藤の爺さんが、手術箇所が痛くて、夜通し「イタイ~。イタイ~」とうなり続けたせいだったけど。
今回は個室、部屋はとても静かで快適だ。
眠れない理由
問題は僕自身の心臓にあった。
2年間、平穏な鼓動を続け、いま再びむちゃくちゃな鼓動を打ち始めたこの心臓。
普通の鼓動は、
“トクン…。トクン…”
こんな感じだ。これが1分間に60回くらい鼓動する。
それに対して今の僕の鼓動は…。
“ドクッぴよんボッぶすっトツーンびちょびちょ。びちょびちょ。ぴちょんドクッ…”
こんな感じで1分間に100回くらい鼓動している。
心房細動再発が分かって以来、不整脈の薬を飲み続けていたが、入院と同時にその薬を飲むことは中断されている。
そのせいで、心臓の鼓動は今まで感じたことがないくらいムチャクチャだ。強さも大小さまざまで、本当に、心臓の中で気が狂ったピエロがあばれているように感じる。
アニメ「ど根性ガエル」で、ぴょん吉がTシャツを押し上げて暴れまわってるシーンがよくあるが。
イメージ的に、僕の左胸はぴょん吉が暴れているTシャツのように、内側からピクピクと何度も押し上げられているように感じる。
その気持ち悪さと言ったらとても言葉にできない。
そしてそれで運ばれる血液は、妙に脳へと運ばれている気がする。横になっていても、まるでジョギングを終えたばかりのような血液の巡りになっていて。
常に、風呂から上がったばかりのような、
脳みそが、フワフワしている、そんな状態。
明日は手術、という緊張感と相まって、心臓の鼓動はさらに激しさを増し。
気が狂ったピエロは超サイヤ人並みにチカラをつけて暴れまくっている。
そんな心臓で眠れる訳がない…。
午前4時、やっとウツラウツラしていると、看護師さんが部屋に入ってこられた。
9時からの手術に向け、4時から点滴を始めることは事前に聞いていた。
やっと眠れたのに…。
体中が汗びっしょりになっていたのでTシャツを変えてから、点滴をしてもらった。
結局、それからは一睡もできず夜が明けた。
手術直前。僕を支えてくれる人たち
手術は9時から。8時50分には部屋を出る準備をする、と看護師さんから言われている。
7時半ごろ看護師さんが来られた。開口一番、
夕べは眠れましたか?
と聞いてくれたが、たぶん、何度も巡回に来てくれていたので眠れていないことはご存知のはずだ。
その後は今日の予定などを話して下さったが、緊張のあまり良く耳に入ってこなかった。
その看護師さんが退室されると同時に…。
別の看護師さんが入ってこられた。
ランニング友だち
いや、看護師さんではない。服装は良く似ているが、見たことがない服装。医療関係者には間違いないが、見たことがないウエアを来ている。
「初めまして、山本と言います。稲ちゃんに教えてもらって来ました。あたしもたい焼きを走ってたんです」
稲ちゃん?
あ、思い出した!稲田さんだ!
前回のたい焼きしまなみで、僕たち夫婦の出したフルーツエイドをとてもありがたがって下さったウルトラランナーさん。
そのつながりで友達になり、10日前の大阪ハーフではハイタッチするため僕たち夫婦のもとに飛んで来てくれた。
稲田さん、そういえばご友人がここ八尾市立病院に勤務しているので、僕が入院したら病室を訪れるように伝える、と言って下さっていたが…。
社交辞令程度に思っていたら、本当にお声掛けしていただいたんだ!
山本さんは、
「稲ちゃんから、『ホラ!あんたもいただいたやろ?あのフルーツポンチをエイドで出してくれはった人や!あの人がアンタの病院で手術しはるから、ゼッタイに顔を出すように!』って教えてもらったんです。あのフルーツポンチ、本当にありがたかったです」
後方、赤のTシャツの男性の左側にいらっしゃるのがたい焼きINしまなみの時の山本さん。
仕事前に、この部屋によって下さったんだ。山本さん、そして稲田さん、本当にありがとう。なんだか心が軽くなりました。
8時ちょうどに、お方さまがやって来てくれた。少し緊張しているのが分かる。
姉が奈良から来てくれる予定になっている。お方さまも手術中、話し相手がいると心強かろう。
恐怖のおしっこ管
そして8時半…。
恐怖の時間がやって来た。
おしっこ管の挿入だっ!!
2年前のおしっこ管挿入時…。
あまりの痛さに僕は絶叫に絶叫を繰り返した!!
隣のベッドで爺さんの血圧を測っていた別の看護師さんが、何事かと見物にくるくらいの大騒動を巻き起こした。
メンズの最も敏感な部分・亀頭。
その中でも最も敏感な部分の先端に、細く鋭い管をブッ刺し、奥へ奥へと挿入する…。
考えただけでもぞっとする…。
しかし僕は腹を決めた。2年前に経験している。どんな痛みだったかは覚えていないが、とにかく痛かった。
しかし1度経験しているのだ。なんとかなるだろう。
「はい、まずオムツを下に敷きますね~」
そうだった!オムツだ!これからしばらくはオムツ生活なんだ!
オムツが敷かれ…。
「はい、じゃあまず消毒しますね~。ちょっと冷たいですよ~」
亀頭の先端をちょん。ちょん。と消毒される。
「では入れて行きますね~」
ぶすり。
∑(゚∇゚|||)!!ハウウゥウゥウウゥッ!!
叫びたい!叫び出したいところだが!!
右手のコブシを噛んで耐えた!!
野口英世は幼少期の大やけどで閉じたままになった手を切開する手術を、麻酔なしで受けたという!!
その痛みに比べたら、チンコに管が入る痛みくらいなんだ!!
野口先生!ぼく、がんばる!!
「チカラ抜いてね~ここからちょっと痛いですよ~」
『ここから』だとっ?!すでにじゅうぶん痛いのに、ここからさらに痛みを加えるのかっ?!
「ΣΣ( ̄◇ ̄;)ハウわうわ~ッ、ハウわうわ~~ッ!」
突発的にあみ出した、この極めて特殊な呼吸法で、僕は痛みを分散し、さらになるべく下半身にチカラを入れなくする方法を会得した!!
「ハウわうわ~!!ハウわうわ~!!」
50を過ぎたオッサンが、少女のように丸めたコブシを噛み噛みしつつ、古代人の呪文のごとき言葉をつぶやいて痛みに耐える姿は、看護師さんにはどのように映っていたことだろうか。
「はい、おわりましたよー。もうおしっこも流れ出てますよー」
ハア…。ハア…。ハア…。ハア…。
最初の関門は突破した…。
閉めたカーテンの奥から、ニヤニヤ笑いながらお方さまと姉が入って来た。この最中に姉は来ていたようだった。
「6時半に起きて来たから、何十年ぶりに通勤ラッシュに巻き込まれたわ~」
姉は若い頃からずっと、色んな病気で手術をしたり、長期に渡って通院したり、メンタル面で外出もできず、電車にさえ乗れない生活が続いていた。やっと普通の人のように生活できるようになったのは50を過ぎてからだ。
そういう苦しい経験があるせいか、姉は子どもの頃よりもずっと明るく、強い性格になっている気がする。
僕が手術している間、お方さまに取ってはとても心強い味方だ。
そして…。
「では池田さん、そろそろ行きましょう」
2名の看護師さんが僕の部屋に来た。2年前は車いすに乗せられて手術室まで向かったけど、今回はこのベッドごと運んで行くとのこと。
いよいよだ…。
不思議と、落ち着いていた。
なんでかな、と思った。
昨日、FBで
『明日は9時から手術です。お手すきの方は、僕のために祈って下さい』
と書き込み、たくさんの人が応援のメッセージをくれた。
きっと今、この時間、
みんなが僕のために祈ってくれているんだろう。
その願いが、ここに届いているんだ、だから僕は落ち着いていられるんだ。
お方さまも、もっとも忘れてはいけないものを持った。
みんなから送ってもらったお守りだ。
僕はベッドに寝かされ、移動が始まった。
視界に映るのは、流れて行く天井の模様だけだ。
こんな絵面、よく医療映画で見るな…
何て思いながらエレベーターに乗り、そして降り。
移動を繰り返す。ちらりと映る看板で、ここが2階のCTの部屋のそばであることが分かる。
この部屋の奥が、カテーテルアブレーションを行う部屋。
「はい、では付き添いの方は、この辺りでお待ちくださいね。あまり長くこの場所を離れられないようにお気をつけて下さい」
僕は姉とお方さまの手を握った。2人とも笑いながら、
「手の汗がすごいで!」
と僕に笑いかけてくれた。
「では入って行きますね~」
そして、手術室に入った。