【再入院日記 2日目=手術日・中編】
手術室にて
そこは2年前にも入った部屋のはずだったが…。
記憶と少し違っているようだった。
2年前より、スタッフさんの数が増えているように思った。男性だけでも5~6名、女性スタッフさんに至っては10名くらいいるように思う。
2年前は、今の3分の2くらいの人員だったように記憶している。が、これは定かではない。
僕が手術室に入って来たことによって、数名のスタッフさんが僕の方を見た。数名が僕に手を貸し、手術用の狭いベッドへと移動する手助けをしてくれた。
が、それ以外のスタッフは、この場の主人公であるはずの僕になど何も興味がないようなそぶりで、自分が行うべき仕事を粛々と進めていた。
渡部先生を捜す。2年前と同じ、僕の足元の方にいらっしゃる。
先生は外来の診察時は、小柄で、冷静で、感情など無いかのように淡々と振る舞われる方だが。
この手術室で、僕の方を見ながらたたずんでいるその姿は…。
激しい闘志のようなものを感じた。
スカウター越しに見たら、おそらくフリーザと同程度の戦闘能力が表示されるだろう。目に見えない炎が全身から沸き上がっていた。
背後から、史上最強のスタンド「スタープラチナ」が出現していた。
手術台で、帽子を被らされ、お尻の位置を決めていた時…
看護師さんが僕に言った。
「池田さん、きょうお通じはありました?」
「いいえ…」
と答えたその時だ。
お通じ…。
ウン◯コ。
ハッ!!そ、そうだ!!
よく考えたらきのうからウン◯コ、していない!!
今から手術、術後は24時間、ベッドから動けない!!
つまりトイレに行けない!!
おしっこは管から流れるが!!
ウン◯コは行けないのだ!!
じゃあ、どうすればいいのだ?!
いままさに手術が始まるという段になって、僕はウン◯コ問題でプチパニックになった!!
オムツにするしか無いのか?!そのためのオムツなのか?!
「ハイ、じゃあ池田さん、始めて行きますよ~」
フリーザと渡り合える渡部先生の声がした。
「ハ、ハイ…」
ウン◯コ、どうしよう、というのが3割、手術がいよいよ始まる恐怖が7割、僕の頭を占めていた。
「では池田さん、麻酔薬、流して行きますね~。少しずつ、眠くなって来ますからね~」
「ハ、ハイ…」
ウン◯コ…。
のことも気になるが、同時に、
麻酔薬、効いてくれよ…。
という願いの方が、強く頭を支配し始めた、
次の瞬間。
僕の意識はカットアウトした。
フェードアウトではない。
完全な、カットアウトだった。
手術中
……
……
……
最初の覚醒
目が覚めた…。
ぼんやりした意識の中、網膜に映ったのは…。
「青」と「白」。
恐らく手術台に敷かれたシートのようなものだろう。僕はたぶん左を上にして寝かせられている…。
手術の機械がうんうんとうなっている。まだ手術は続いているのだ。
渡部先生と福岡先生の会話が聞こえる。
身体中、麻酔が効いていて動かない…。
目を開け、このとき出せる最も大きな声で言った。
「起きてます…。起きてます…」
福岡先生が僕の目を覗き込んだ。
「あ、ちょっと目が覚めていらっしゃいますね」
次の瞬間。
再び意識がカットアウトした。
2度目の覚醒
……
……
……
目が覚めた。
見えたのはさっきと同じ「青」と「白」。
手術の機械の音、渡部先生と福岡先生の声。
僕はまた目を開け、さっきと同じように声を出した。ほとんどささやき程度の声しか出ていないが、福岡先生が気づいてくれた。
再び意識がカットアウトした。
「終わりましたよ」?
……
……
……
遠くで。
遠くのほうで。
渡部先生の声が聞こえた。
「終わりましたよ~」
えっ?と僕は思った。
鼠蹊部に極太の針が刺される激しい痛みも、
あの心臓が内部から電撃を受けたような衝撃も、
心臓が内側から破れるかと思ったような強い膨張も、
何も感じなかった…。
本当にもう終わったんですか…?
そう聞きたかったが…。
再び僕は眠りに落ちた。
……
……
……
誰かが、僕の「かぶれ」を気にしている。僕は皮膚が弱く、長いあいだ絆創膏などをつけているとよくかぶれる。
かぶれを気にしてくれているということは…。
皮膚からいろんなシールを剥がしてくれてる、ということだ。
じゃあ本当に終わったのか?
……
……
……
「終わりましたよ~」
今度は女性の声。僕の肩をトントンと叩きながら言ってくれた。
気づけば僕は移動していた。来た時のベッドの乗せられているのだ。
「ありがとうございます…」
深い眠りから覚めた直後みたいに、身体中が麻痺していて、声も出せない。
手術室を出た。お方さまと姉がいた。
意識はほんの少しだけある。
お方さまに、手術時間がどれくらいかかったかを訊ねた気がする。
お方さまは、2年前よりもかかった、と答えた気がする。
エレベーターに乗せられ…。
移動を繰り返し。
僕は半分、眠ったような感じだったが、心は落ち着いていた。
「終わったんだ…。何も感じなかった、何も…」
そう思いながら…。
左胸に意識を集中した。
左胸は、静かだった。
僕はえも言えぬ安堵感に包まれながら…。
愛しき我が家についた。
眠りにつく前に
唇と舌が、まるで砂漠になったかのように乾いていた。
「喉が渇いた」
僕はこの時に出せる精一杯の声で言った。ささやき程度の声だった。
「水、あげていいですか?」
とお方さまが聞く。
「もう少し意識がハッキリしてからの方が…」
と看護師さんの声。
「これで唇だけでも濡らしたろう」
姉が言った。「これ」がなんなのか分からなかったが、唇に当たった感触で分かった。小さな水差しだった。
カラッカラに乾いた唇に潤いがもたらされた。僕は自分がそれをちゃんと飲み込めるか自信が無かった。唇を湿らせ、舌を湿らせ。
飲み込まないよう努めた。
無事、終わった…。
心臓は…。
気違いピエロは…。
いなくなっていた。
僕の心臓は再び、
“トクン…。トクン…。”
と規則正しく、ゆっくりと脈打っている。
左胸にまた、あの静けさが戻って来ていた。
嬉しい…。
今回は、かなり強めの麻酔を使っていただいたのがよくわかった。
ほんの一瞬でも気を抜けば、深い眠りに落ちることが分かっていた。僕にはその前に、どうしてもやっておかなければならないことがあった。
昨日、僕はFBに、
「明日は9時から手術なので、お手すきの方は9時になったら僕のために祈って下さい」
と書き込み、たくさんの人から応援を貰った。
その恩に応えず眠るわけにはいかない。終わったことを知らせないと。気をもんでくれている人もいるはずだ。
僕はお方さまを呼んだ。ほとんど、聞き取れないほどの声だが、お方さまは気づいてくれた。
「今のオレの写真を撮って、FBにあげて、手術は成功しましたって、みんなに伝えて。みんな、応援してくれたから」
お方さまはFBをやっていないから投稿のやり方を知らない。
しかし、なんとなくはわかるようで。
僕のiPhoneで写真を撮り、FBにアップする直前まではたどり着けたようだった。
「どのボタンを押したらエエの?」
お方さまがスマホを僕に見せた。
「右上の。シェアってトコを押して」
「押したで!」
「ありがとう…」
朝の9時から、祈ってくれてた人もいるはずだ。かなちゃんなんかは、「ずっと祈っています」って言ってくれている。
これを見たら終わったことがわかるだろう…。
ウン◯コ問題が意識の1割を占めていたが…。
僕は眠りに落ちた。