【再入院日記 5日目=退院日】
退院日の夜が明けた。
よく晴れた気持ちのいい朝だった。
心臓は、とても静かに波打っている。
ほんの数日前、鼓動がムチャクチャすぎて眠れなかったほど、僕の不整脈は強烈だった。
こちらの病院はそれを治してくれたばかりでなく、
丁寧な食事を毎回、作ってくださって。食生活の大切さを再認識させてくれた。
ありがたい入院生活だった。
朝から精力的に「再入院日記」を書き続けていると…。
さらば愛しき人たち
山本さん
山本さんが来てくださった。この八尾市立病院の手術室で働いてらっしゃる、ウルトラランナーさんだ。
2日目、手術の直前と、手術後にも時間を見つけてお見舞いに来てくださった。
今日も僕が退院すると聞いて、駆けつけてくださったのだ。
山本さん、ほんとうにありがとうございました。
次はマラソンの道の上でお会いしましょう!!
お茶のおばちゃん
朝食を待っていると、毎朝、各部屋にお茶を持って来てくれるおばちゃんが入室されて来た。
常におおらかな笑顔で患者に安心感を与えてくださる、善意のかたまりのような女性だ。
小ぶりなバランスボールくらいの大きさのヤカンの2つ、ワゴンに乗せて各部屋を回ってらっしゃるのだ。
「今日で退院することになりました」
おばちゃんにいうと、明るい顔をさらに明るく笑っていただき、
「そうですか~。おめでとうございます!!」
と言ってくださった。本当はもう2~3日、ここに居たかったんです、とは言わなかった。
最後の食事が来た。献立は、
・ごはん160g
・がんもどきの旨煮
・ほうれん草のおひたし
・飲み物(牛乳)
・りんご
ゆっくりと頂いた。
ナースセンター前のワゴンまで歩いて、食べ終わった食器を戻す。
フルパワー歯磨きオヤジ
歩いて戻って来ていると…。
あの、毎朝派手な音で歯を磨いていたおっちゃん、「フルパワー歯磨きオヤジ」が…。
黒いジーンズにグレーのトレーナー。私服に着替えている。
そうか…。おっちゃんも、今日で退院なんや…。
お互い、短い入院でよかったな。
心電図が外れるまで
9時にお方さまが来てくれた。まだ日記を書いている僕を尻目に、収納から下着やタオルなどを取り出し、カバンに詰め、退院の準備を始めた。
僕はまだ入院用パジャマのままだ。
まだ胸に携帯用心電図が付いている。これが外れるまでは患者として振る舞おう。
10時前、薬剤師さんが来られる。
・残っている抗生物質は全部飲みきること
・手術で休止していたエリキュースと胃薬を再開させること
・手術前に預かった不整脈の薬は、返却するがもう飲む必要はないこと
などをレクチャーして頂いた。
掃除のおばちゃんが入れ替わり立ち替わり入って来られる。お方さまが
「今日で退院になります、お世話になりました」
というと、皆さんが口を揃えて、
「退院なんですか?おめでとうございます!!」
とお祝いの言葉を述べてくださる。
梅野の近況
看護師さんが来られた。
入院費の計算が終わったのだ。142,796円。
そして胸から、携帯用の心電図を外してくださった。
1ヶ月後の外来のスケジュールを教えていただき。
ついに、僕はもう、入院患者ではなくなった。
最後に、ずっと手首につけていたIDのタグをハサミで切る。
「これ、もらっていいですか?」
2年前のタグも、家に飾っている。完走メダルたちと一緒に。
奈良マラソンの完走メダルは3つある。北海道マラソンは2つ、京都マラソンも2つ。水都大阪の70kmも2つある。
そして、心臓カテーテルアブレーションの完走メダルも2個目を手に入れた。
看護師さんに、
「貴重品入れ用に買った南京錠なんですが。退院したら使わないので、こちらにプレゼントしたいんですが。使っていただけますか?」
と聞いた。看護師さんは、
「ええ、ありがたく頂戴します」
と言われたので、南京錠を手渡した。
そうだ、と僕は思った。どうしても聞いておきたいことがあった。最後に、看護師さんに質問した。
「あの、こちらに、梅野さんという看護師さんはいらっしゃいますか?」
「梅野ですか…?はい、おりますけど。今日はシフトには入っていませんが」
「そうですか!それはよかったです!」
「え…?どうして、ですか?」
「2年前に入院した時、梅野さんにたいへんお世話になったんです。今回の入院中、お姿をお見かけしなかったので、元気でいらっしゃるのか心配だったので」
「そうですか、こんど本人に会ったらお伝えしておきますね」
退院
看護師さんが去られたあと、入院費の明細をチェックしていたお方さまが言った。
「部屋代はきっちり5日ぶん取られてるわ(笑)今日なんか、朝の10時で退室するのにな」
とお方さまが笑った。
「12,000円の部屋を7,000円で使わせてもらったし、まあええやん」
僕は部屋着を脱ぎ。
入院する際に家から着て来た服に着替えた。
ずっと、ソファの下においていたHOKAのシューズに履き替え。
ついに退院の時が来た。
お隣の個室はすでに昨日、退院を終えられ、さらに新しい患者さんが入っている。
お名前の上に「昼食 欠食」の紙が貼っている。
ナースステーションを通り過ぎる。忙しくされている皆さんにお辞儀をして最後の別れを告げる。
2階まで降り、清算の手続きをする。
保険会社に申請する診断書で5,000円も追加で取られた!とお方さまが怒っている。
ずっとコーヒーを飲んでいない。
1階の喫茶室へ行き、ホットコーヒーを頼んだ。お方さまはホットココア。
2年前も同じことをした。ここでコーヒーを飲むことが、僕にとっての退院の儀式の終了だ。
お隣の個室の紙を思い出す。
「昼食 欠食」とあった。
つまり新しい患者さんは、今日の午後が手術なのだ。
こうして古い患者は去り、新しい患者さんを助ける毎日を、病院の皆さんはされているのだ。
お茶のおばちゃん、ゴミを片付けてくれるおばちゃんは、部屋の主が出て行くことを祝ってくれる。
仲良くなってきた患者さんが、自分の元から去って行くことが、喜ばしいことなのだ。
せっかく顔見知りになったのだ、きっと、100万分の1くらいは、去って欲しくない気持ちもあるだろう。
でもそんな気持ちを隠して、
「退院ですか、おめでとうございます!」
と言ってくれる病院の皆さんに、
心から敬意をはらおう。
「本当に、ありがとうございました」
エピローグ
そして、僕は帰宅した。
壁に、
2個目の完走メダルをかけた。
(再入院日記 完)