今年も大阪国際女子マラソン、並びに大阪ハーフは終わりました。
今年も素晴らしい大会で、
精一杯応援できて、とても満足です。
「彼女」の物語
さて。もうひとつ、彼女のことをお伝えしないと、
大阪国際女子マラソンのお話を終えることはできません。
2014年と、
2016年に、
大阪国際女子の道の上で応援した彼女。
毎年、彼女のことは書いています。
FB上で、国際資格を持つ数少ない友人である彼女を、僕は道の上から応援したのでした。
実は彼女は、そのずっと前に、あの「恐ろしい病気」に侵されながらも、奇跡的に回復し。
こうやって国際資格を取得し、大阪国際を走っていたのです。
再発
ところが、それが再発し…。
彼女は再び、闘病生活に入りました。
たとえ彼女が来なくても、僕はあの道の上で大阪国際の応援に出かけます。
いつまでもここで、彼女の帰りを待っている、という彼女へのメッセージとして。
僕は今年も、あの道の上で応援しました。
もちろん彼女は来ないけど、
ここで待っていたら、
もしかしたら、彼女がまた、向こうから、
あの可愛い笑顔とともに、
走ってくるかもしれないじゃないか。
彼女からのメッセージ
そんな彼女が今回、メッセージをくれました。
57秒の壁
彼女のベストタイムは3時間10分57秒。数年前まで国際資格は3時間13分だったので、彼女は資格があったのですが。
資格が改定され、今は3時間10分。
病気を押さえ込み、それから練習して、
これまでのベストで走っても、国際資格は取得できない。
彼女は恐ろしい病気と闘いながら、
自らのPBも更新しなければならないのです。
それでも、
来年、あの道を走りたいと言ってくれています。
もちろん僕たちは待つでしょう。向こうから彼女が走ってくるまで。
約束の桜
なぜ、大阪は今年でなく来年なのか。
今年。彼女はもうひとつ、目指すものがあって。
太平洋と日本海を結ぶ266㎞の道を、桜のトンネルで結ぼうと決意した男がいた。御母衣ダム工事で、水没する山寺の樹齢400年を数える桜の古木が移植され、見事に蘇ったその生命力に感動したからである。
その男は、名古屋と金沢を往復するバスの車掌・故佐藤良二氏である。彼はバスの走る道沿いに、桜の苗木を黙々と植え続けた。乏しい蓄えを注いだ。少ない休暇を使った。
2,000本も植えただろうか。男は病に倒れた。志半ばで力尽き、逝った。47歳の短い生涯だった。
清貧という言葉が改めて見直される今、「人の喜ぶことをしたい」と病魔に侵された我が身を顧みず、無償の行為を貫いた佐藤氏の生き方は、貧しくとも豊かな心を持つ、人間の幸福な姿を問いかけてくれる。
佐藤氏が夢みた「さくらのトンネル」を、走り抜けるという形でその遺志を受け継ぐと共に 「太平洋と日本海をさくらでつなぐ」という大事業の完成に少しでも寄与できればと「太平洋と日本海を桜でつなごう2020さくら道国際ネイチャーラン」を開催する。
2020さくら道国際ネイチャーラン ホームページ「趣旨」より
ウッチーならきっとできると思います。
あまりに大きすぎる目標で!!ちょっと目が回りそうだけど、
どうか無理をしない範囲で無理をして、
約束の桜に触れてください。