2023年2月26日
15:04:00
場所:大阪マラソン35km地点
「着ぐるみJAPAN」のメンバーは35km地点で応援していた。
その場所を選んだのには明確な理由がある。
ヒトが「今、持っているエネルギー」で走り続けるのは30kmが限界という。
これが「30kmの壁」だ。
30kmを超えるとヒトは、エネルギーが枯渇した状態で走り続けねばならない。
足の痛みが極限に達し、
足どころが、全身が痛み始め、
全身が、動くことを全力で拒否する。
スタート前「絶対、ゴールする!!」と誓った心が、
いとも簡単に、「ポキッ」と音を立てて折れる。
それが30km地点だ。
そこからさらに5km進んだ場所。
もう全身がボロボロで、
「残り7km」は、
永遠に遠い場所に思える。
そんな「最もしんどい場所」が35km地点。
だからこそ、そこに応援場所を確保し、
心折れたランナーたちに声援を送るのだ。
そして今回は、その35km地点の、わずか100メートル前方に、
関門があった。
場所:大阪マラソン34.9km地点
桃谷中学校前交差点
「関門閉鎖まであと5分!!」
拡声器からの声が100メートル後方の僕たちにも聞こえた。
さっき食料を買いにスーパー玉出まで走ったとき、あのカドに大きな時計があった。
そうだ、あそこは関門なんだ、と僕は思った。
となれば、やることは1つ。
僕は100メートル走り、関門にたどり着く。
大きな時計は15:04:30を指している。
関門閉鎖は15:09:00。あと4分30秒。
走路に目をやると、
力つき、歩くこともままならないランナーたちが、
まだ大勢がこっちに向かって来る。
走路を逆走し、100メートル走る。
疲労困憊のランナーたちは下を向いている。
自分たちが関門まであとたった100メートルの位置にいることなど、
まったく気づいていない。
「関門はあの信号の下!!関門閉鎖まであと4分やで!!」
息もたえだえなランナーたちに叫ぶ。
ここで初めてランナーは顔を上げる。
そして「信号」が目に入る。
自分たちがまだ間に合う距離にいることを知る。
関門が近いことを知り、走り出すランナーたち
「あの信号まで走れ!!まだ4分あるから間に合う!!」
何人かのランナーは僕に問いかける。
「どの信号?!」
「あの!!次の信号!!見えるやろ?!」
「うん、見える!!」
「見えたら走れ、関門を越えろ!!」
その位置からは関門を示す大きな時計は見えないのだ。
応援者やスタッフなどに隠れてランナーからはどこが関門だかわからないのだ。
だから遠くからでも見える信号を目印に、僕は叫んだ。
時計を見る。時計はガーミンだ、秒単位まで正確。
15:06:30
「あと2分30秒やで!!あの信号が関門!!急げ!!」
歩くことも困難なランナーたちの目に、
最後の闘志が燃え上がるのがわかる。
「あの信号…?あの信号…?」
力感のなかった足に力が蘇り、
走り出すランナーたち。
15:07:30
「あと1分30秒で関門閉まるで!!」
「とり合えず今日イチのスピードで走れ!!」
気がつくと僕は関門の1つ手前の交差点まで来ていた。
もう間に合わない。
ガチャピンは関門に向かって走った。
「速く走って!!オレを越えて走って!!」
拡声器の声が聞こえる
「関門閉鎖まで、」
「5!!」
「4!!」
「3!!」
「2!!」
「1!!」
「関門、閉鎖!!」
巨大な横断幕が桃谷中学前交差点に無情に広がり、
15時9分、関門は閉鎖された。
山田くん(仮)の悲劇!!
15:09:40
僕は小走りで、着ぐるみJAPANのメンバーの元に戻った。
ミッションを終えたメンバーたちは思い思いに、帰り支度を始めている。
目の前の走路には、もうランナーはいない…。
いや、
1人、いた。
山田くん(仮)
34.9km関門を、最後の力を振り絞って越えたあと、
四つん這いになって倒れこみ、
ずっと動けずにいた若者。
何人かのボランティアスタッフが彼の元に駆け寄り、
「大丈夫ですか?」
「もうやめますか?」
と聞いている。
が、四つん這いの彼は首を振っていた。走る意思を伝えていた。
彼はたっぷり3分間は、そこで四つん這いになっていた。
その一方で、着ぐるみJAPANは沿道で、帰り支度を続けている。
と、水着美女仮装の横光さんが声をあげた。
「私のブラックサンダー(チョコレート)、袋の底に1つ、残ってた!!」
するとハッシー先生も、
「私も!!ジェルと芍薬甘草湯、残ってた!!」
など、各々がほんの少量、食べ物が残っていることに気づいた。
が、それをあげるランナーは、もういない…。
いや、1人だけいる。
四つん這いの憎いやつ。あいつだ。
彼はなんとか立ち上がったものの、
陽炎のようにユラユラと立ったまま、
まだ一歩も進んでいない。
するとここで、ポムポムプリン担当で、
一級建築士でもあらせられる、ハッシー先生が、
ランナーと沿道の結界テープから大きく身を乗り出し、
『彼』に声をかけた。
「ちょっと!!そこのランナーさん!!」
『彼』は辺りをキョロキョロと見渡す。
周囲にランナーが自分しかいないことに気づくと、
自分を指差し、
『僕??』
声を出さずにこちらに聞き返す。
ハッシー先生は、
「おなか、空いてない?!」
「こっちに食べ物、少し残ってるんですけど!?食べて行ったら?!」
と、ものすごく大きな声で彼に伝える。
話はそれるが、僕は学生時代、舞台俳優を目指していた。
そのため腹筋を利用して声を出す『腹式発声』を会得している。
舞台俳優の声が、舞台の隅々にまで響くのは、これで発声をしているからだ。
だから僕の声は雑踏の中でもまぁまぁ響く。
ところが、腹式発声法を会得していない、ハッシー先生の方が、
なぜか声が、轟くように響く。
おそらく一級建築士として、彼女は現場にて、
あの轟く声で、
部下たちに的確な指示を送っているのだろう…
ちょっとコワいハッシー先生の迫力(-∀-`; )…
さて、ハッシー先生の怒号掛け声が届いた『彼』は、
思ってたのと違う、ちょっとヘラヘラした感じで、
こちらに近づいてきた。
「あ。食べ物、くださぁい。サーセン」
(のちにゼッケン番号検索から我々は彼の本名を知る。ここでは山田くん(仮)としておこう)
(-∀-`; )思ってたのと違う、軽妙な感じの山田くん(仮)…(-∀-`; )
34.9km関門直前を、僕とともに全力でダッシュして越えたあと、
3分間は四つん這いで体力の回復を待っていた山田くん(仮)。
さぞやスポ根魂を持った若者かと思いきや、
思いの外、ヘラヘラした感じなので、着ぐるみJAPANは戸惑いながらも、
彼にブラックサンダー(チョコレート)などを与えた。
「足が…フラフラしてて痛いんです…」
山田くん(仮)は軽妙に笑いながらそう言う。軽妙な感じなのでイマイチ辛さが伝わってこないが、
3分も四つん這いでいたのだ、彼なりに辛いのだろう。
「スプレーで冷やしたる!!」
ハッシー先生は背後の、廃棄予定のスプレー缶の山に飛びつくと、
全ての缶を振り、わずかに残っている缶を探し当て、
山田くん(仮)の足を、コールドスプレーで冷やした。
「あ、サーセン。気持ちいいっす」
軽妙な感じなのでイマイチ感謝の念が伝わりづらいが、
彼なりの先生への感謝の念は伝わってきた。
「これもあげる!!芍薬甘草湯!!」
「足の攣りが軽減されるから!!」
僕が補足説明を行う。
「もう今、飲んでいき!!」
ハッシー先生の檄が飛ぶ。
「あっ…。サーセン」
山田くん(仮)は芍薬甘草湯の封を切り、
ハッシー先生が手渡したジェルを使って嚥下した。
軽妙で、ヘラヘラしてるけど、
立てないほど辛い状況の中で、笑顔を見せる彼のことが、
僕たちは、すっかり好きになっていた。
「残りの食べ物も、ぜんぶ、持っていき!!」
わずかに残っていた小さなチョコレートなどを山田くん(仮)に与える着ぐるみJAPAN。
「サーセン」
と言いながら、ドラえもんと同じ位置の彼のポッケに、それらをしまう山田くん(仮)。
「その代わり!!」
ハッシー先生が続ける。
「絶対、ゴール、しぃや…」
厳しい現場で部下たちを指導する際使うだろう鋭い命令口調が山田くん(仮)に突き刺さる。
「…えっ」
山田くん(仮)の軽妙な笑顔が凍りつく。
「そやで!!これだけサービスしてるんやから絶対ゴールするんやで!!」
彼のポッケに食べ物を詰め込んでいる着ぐるみJAPANの女性メンバーも、この脅迫提案に追随する。
そこで僕がトドメを指す。
「ゴールせぇへんかったら、ゼッケン番号から本名を割り出して、家まで押しかけるからな!!」
「エヘエヘ。はい、わかりました。サーセン。エヘエヘ」
(もちろんこれらは彼と正面を向き合いながら、満面の笑顔で行なっているので、両者とも、これが冗談であると認識しながらの会話です)
こうして山田くん(仮)は、再び走路へと戻って行った…。
30分後…
着ぐるみJAPANメンバーはそれぞれ、別のチームと打ち上げに参加、
我々夫婦も鶴橋にある焼肉屋さん・『空』で、
激安なのに超おいしい焼肉を食べていた。
真剣に肉を焼くお方さま
濃厚で超オイシイ!!
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すると別場所で打ち上げ中のみっちゃんよりメッセージが。
時間は16時20分。もうゴールも閉鎖されている時間だ。
僕は彼女にその写真を送った。
するとみっちゃんからランナーズアイのスクショが。
ランナーズアイによると、山田くん(仮)はまだゴールしていないことになっている。
しかし時間は、マラソン終了後、まだ5分しか経っていない。
ランナーズアイが反映されていない可能性もある。
僕は山田くん(仮)に、最後のメッセージを送った。
山田くん(仮)は、頑張った
どうやら山田くん(仮)はあのあと、
次の今里交差点の関門(37.4km)は越えたようだけど、
39.5kmの関門は、越えることができなかったみたいです。
それでも、彼は頑張りました。
35kmで立ち上がれないほど足をふらつかせていた彼を見ているので、
よく、次の関門は越えられたもんだな、と感心しています。
歩くことさえままならないほどだったのに、
沿道の僕たちには、(たとえそれがヘラヘラ笑いに見えたとしても)
笑顔を向けてくれました。
困難な状況下で笑顔になれる、
実は彼って、
漢の中の漢
だったのかも。
それなのに、ロクデモナイ着ぐるみJAPANに絡まれて、
冗談とはいえ、
こんなメッセージまで入れられる、山田くん(仮)って…。
(-∀-`; )
ごめんね、山田くん(仮)。
来年も同じ場所で待ってるから。
次こそ、ゴールを目指そうね。