手術直前の風邪
体調にだけ、気を付けてくださいね
7月8日、手術前の最後の診察で、女医先生はそうおっしゃいました。
7月31日の手術時に、もしコロナにでも感染しようものなら、手術日がまた延期になってしまう。
ただでさえ癌の発見→手術までの時間が少し長くなってしまった妻に、
これ以上時間の延期は絶対に避けたい。
僕は妻に強く言って、7月27日まで入れてた仕事スケジュールを、7月23日までに短縮してもらい、
1週間は自宅でゆっくりと過ごし、
風邪をひくリスクを軽減させたのでした。
ところが…。
7月17日水曜日
僕自身が…。
喉の奥に、妙な違和感を感じました。
僕は喉が弱いので、痛くなりやすい体質です。
すぐに違和感が鎮まる時もあるし、
そのまま痛みが強くなり、やがて風邪の症状、
けっこうな発熱、
というパターンもあります。
(俺が風邪をひくなんて、ゼッタイにあってはならない…)
強くそう念じていました。
もちろん妻にもこの状況は伝えていて。
違う部屋で寝て、クーラー温度にも気を付けて過ごしました。
7月18日
のどの痛みが万が一にもコロナだったら大変。
僕は八尾市内の病院へ行き、コロナの検査をしてもらいました。
結果は陰性。
ホッと胸をなでおろし、
薬を貰ってきました。
その甲斐あってかすぐに喉の違和感もなくなり、ホッとしていました。
7月20日
のどの痛みが再燃。
それどころか、声が出なくなってきて。
体温計は37度の文字。
やばいやばいやばいやばい!!
あんなに偉そうに、妻に風邪リスクを説いた僕自身が、
風邪をひいてどうする?!
もし僕の風邪が妻に伝染って、
妻の手術が延期になったら?!
そのせいで妻の癌が進行してしまったら?!
俺は絶対に自分を許せなくなる!!
僕たちは離れて暮らすことを決意。
23日までは天王寺まで通勤する妻が、
この日から天王寺付近のホテルを取って、
僕と離れました。
もちろん伝染るならもう伝染っているかもしれません。
それでも、風邪をひいてる僕と、
癌手術を10日後に控えている妻が、
一緒に過ごすべきじゃない、と思いました。
この日、僕は行きつけの耳鼻科、
稲垣耳鼻咽喉科へ出向き。
先生に、
妻が癌の手術を控えているので、
この風邪をゼッタイに抑え込みたいんです!!
とお願いしました。
(なぜ最初からここに来なかったかというと、稲垣耳鼻科ではコロナ検査をやっていなかったから)
先生は、
それは大変やね。わかった
とおっしゃいました。
そしていつもの治療に加え、さらに違う薬を喉と鼻の奥に塗ってくれたような気がしました。
そのおかげで風邪の症状は徐々に沈静化。
妻は、会社を長期休みに入る、7月23日には、
我が家に戻ってきました。
7月30日=入院日
一生のお願い
いよいよ、妻が入院する日がやってきました。
入院は14時から。
この日も僕の車でS子叔母さんを拾って、病院へと向かいます。
実はS子叔母さんに対してこの日、
一生のお願い
をしようと心に決めていました。
というのも、S子叔母さんは、
夫であるD叔父さんとともに、
小さいながら会社を経営されていて。
S子叔母さんは、経理関係の責任者でもあります。
そして、今日は7月30日。
妻の手術は明日。つまり、
7月31日。
月末なのです。
従業員の給料や各取引先への支払いetc.etc.
月末はS子叔母さんにとって、むちゃくちゃ忙しい日。
そやから入院の30日は手伝いに行けるけど、ごめんやけど、
31日の手術日は、ちょっと行かれへん
僕も妻も、事前にそう聞いていたし、納得もしていました。
ですが。
妻の手術日が近づくにつれて、僕の中で「ある思い」が膨らんでいきました。
5月30日、僕と妻だけでみちした乳腺クリニックに行った結果、妻が癌であるという、自分史上最悪の宣告を受けた。
6月3日。初めてS子叔母さんが一緒に病院に来てくれた。その日、女医先生から妻の癌は初期であることを告げられた。
6月10日にも叔母さんは来てくれた。妻の乳癌は胸を残す手術が可能だと教えられた。
6月17日。S子叔母さんと一緒に、妻のリンパに癌の転移はないことを聞いた。
7月8日。S子叔母さんと一緒に、妻の手術の詳細を聞いた。
そして今日。7月30日。S子叔母さんと無事、スケジュール通りに入院へと向かっている。
つまり、
S子叔母さんが一緒にいてくれた時、
なに一つ、悪い知らせを聞いていない。
この乳癌問題に立ち向かう僕たち夫婦にとって、
S子叔母さんは、幸運の女神なんです。
その幸運の女神が、
明日の大本番である、
癌の手術日に、来られない、だなんて。
もちろん僕は良識ある社会人です。
S子叔母さんが来れない理由は仕方のないことだと納得しています。
これが、それ以外の話なら、僕はこの問題をこれ以上深堀はしないでしょう。
でも明日は、妻の、癌の手術です。
そもそも縁起を担ぐ性格である僕は、明日だけは、幸運の女神に、
ゼッタイに、一緒にいてほしい。
明日の月末、叔母さんが病院に来たら、叔母さんの会社が倒産する、というのなら、無理強いはしません。
でも何とかなるのなら、明日だけは、妻のそばについていてほしい。
叔母さんすみません、ダメ元で、お願いがあるんですが…
ハンドルを握りながら僕は後部座席の叔母さんに語り掛けました。
なあに?
叔母さんはニコニコ笑って返事してくれる。
その…。明日なんですが。叔母さんが月末で忙しいのは百も承知なんですが。
なんとか、なんとかして、手術に付き添ってもらえないでしょうか?!
えっ…
絶句している叔母さんに畳みかけました。
これが普通の時ならこんなこと言いません、でも明日は麗子の癌の手術で。
前も言いましたけど、叔母さんが付いてきてくれてから、麗子の癌について悪いことを言われたことがない。
叔母さんは幸運の女神なんです!!
だから、無理を言ってるって重々わかっているんですけど、
何とかして明日、麗子の癌手術に、付き添ってもらえないでしょうか?!
助手席には当事者の妻も乗っています。その妻からも、
あんまり叔母さんに無理なこと言わないで
といった声も上がりません。
妻も、明日は叔母さんにいてほしいのです。
母親代わりでずっとお世話になって、
ずっと、心強い存在だった叔母さんに。
明日の手術って、何時からやった?
1時半からの予定です
手術時間はどれくらいやったっけ?
何もなければ1時間15分だと先生は言われてました
…銀行が10時に開いて…すぐにアレを入金して…
叔母さんは小声で、何かをシュミレーションしています。
ちょっと待ってな。H子に電話する
叔母さんは会社を手伝っている実娘のH子ちゃんに電話をして、
なにやら細かい相談をしていました。
僕は祈るような気持ちでハンドルを握り、
病院に着くころには、
明日、私も病院に来るわ!!
と言ってくれました。
ありがとうございます!!
それ以外の言葉は見つかりませんでした。
綺麗な個室
八尾市立病院は、大部屋ももちろんありますが、
個室も、1日6千円からと、むちゃくちゃリーズナブルな値段設定。
S子叔母さんに言わせると、
私がこの間入院した大阪の○○病院、一番安い部屋で1日1万5千円やで?!
と、八尾市立病院の良心経営をべた褒めしてくれました。
この病院のこのタイプの個室には、僕自身1度利用したことがあるし、
妻も過去に1度利用しています。
清潔で、コンパクトにまとまった、とてもいい個室。
妻が着替えなどを収納に収めて、
明日の手術の準備の注射を打ちに、1階の放射線室まで行き。
僕とS子叔母さんは1時間以上、妻について病院中を回っていました。
2時間近く、妻の入院&手術準備の診察に付き合って。
僕と叔母さんは病院を出ました。
叔母さん、明日のこと、本当にすみません。そしてありがとうございます
いいのよ。私も麗子のこと気にしながら仕事するのもイヤやし。ちょうどよかった
叔母さんはそう言ってくれました。
夜、妻に電話しました。
明日、癌の手術を控えてるとは思えないほど、落ち着いた声でした。
7月31日=癌手術当日
手術は1時半から。
僕と叔母さんは12時に病院の受付前で待ち合わせ。
今日、叔母さんはいつもより早く出社して、入金業務等を終わらせて、会社から病院に来てくれました。
受付で許可証を貰い、
妻の病室がある5階に向かいます。
妻は手術着への着替えを終えていました。
それから約1時間。
妻は、S子叔母さんと並んで座って。
妻が子どもの頃、叔母さん夫婦と一緒に過ごしたアパートを、
グーグルのストリートビューで見ながら、
ここの角で、あんなことがあったね
ここに住んでた○○さん、今は東京で成功してるらしいよ
ここ、工場だったのに、公園になってるね
妻は癌手術前とは思えないほど落ち着いていました。
(S子叔母さんに来てもらって、本当に良かった)
僕は心から胸をなでおろしました。
昔話に興じる実の親子のように、リラックスしている妻とS子叔母さん
手術
ほぼ時間通りキッカリに、看護師さんが病室に呼びに来られました。
手術室は1階です。
看護師さんを先頭に、妻、僕、S子叔母さんの順でエレベーターに乗り込みます。
13:25
手術開始5分前
手術室前に来ました。
病室ではあんなに落ち着いていた妻でしたが、
瞳の中に不安の色が見えます。
僕とS子叔母さんが交互に妻の手を握ります。
2人で麗子のこと待ってるから
妻は涙目でうなずきます。
看護師さんが、
お付き添いの方は、ちょっとここで待っててくださいね。
手術が終わったら、先生の説明がある部屋までお連れしますんで
そう言って、
妻を、手術室の奥へと、連れて行ってくれました…。
デイ・ルーム
妻を連れて行ってくれた看護師さんがすぐ戻ってきて。
手術室があるフロアの奥へと、僕たちを連れて行ってくれました。
手術が終わるまでは5階のデイ・ルームで待っていてください。終わると私がそこまで迎えに行きます。
その後、お2人にはここまでもう一度、降りてきてもらって。この部屋で待機してください。
この横が先生のお部屋です。呼ばれたら中に入って、手術がどうだったかを先生から聞いてください
実際に先生の部屋の前まで看護師さんは連れて行ってくれました。
そこからエレベーターで5階のデイ・ルームと呼ばれる休憩所まで、看護師さんは僕たちを連れて行き。
じゃあ、私がここにお2人を呼びに来るまで待機しててください
そう言って、去って行かれました。
******
僕とS子叔母さんは、ここで猛烈に腹が減っていることに気付きました。
妻が手術しているのに…と、背徳感はあったものの、
八尾市立病院の1階にある食堂へ行き、
2人とも、ハンバーグ定食を頂きました。
そこから再度、5階のデイ・ルームに戻って。
叔母さんは、僕がぜんぜん知らなかった、妻の幼少期の話をしてくれました。
14:45
手術開始から1時間15分経過
そろそろ…呼びに来はるかな?
S子叔母さんが言いました。
手術は1時間15分の予定。ちょうどその時間です。
ですが、さっき説明をしてくれた、50代のやや太めの女性看護師さんが来る気配はありません。
いまちょうど手術室で手術が終わったとしても、呼吸器とか点滴とか外したり、時間がかかるし、すぐには来れないでしょう
僕はS子叔母さんに、というより、自分自身にそう言って、平静を保っていました。
手術時間は、何もなければ
1時間15分。
でも断端が思いのほか深かったり、
リンパへの転移があったりすれば、
その分、やることは増える
女医先生の言葉が響きます。
看護師さんが来る時間が遅ければ遅いほど、
妻の症状はよくなかったことを意味します。
(早く呼びに来てください…)
心の中で僕は手を合わせていました。
15:15
手術開始から1時間45分経過
(そろそろ…。
いくら何でもそろそろ呼びに来てくれないと…。
何か追加の処置があったってことじゃないかな…)
S子叔母さんは立ち上がって、壁に貼ってあるポスターを眺めています。
きっと、僕と同じことを考えているのでしょう。
15:30
手術開始から2時間経過
あの看護師さんはまだ来ません。
50代、やや太めの女性看護師さんは。
そろそろ僕もS子叔母さんも、
本格的に不安になり始めていた…。
そのとき。
池田…さん?
あの看護師さんとは似ても似つかない、
痩せて、
まだ若い女性が、
デイ・ルームをのぞき込み、
僕たちを呼びました。
それは、あの、
女医先生その人でした。
せ…先生?!
1階で手術をしてるはずの先生の突然の出現に、
僕もS子叔母さんも大慌て。
大急ぎで先生の前に集合しました。
えっと、手術は予定通り終わりました。
リンパは2つ取って病理に出しましたけど、
いずれも問題ないということで返ってきました
あ…。ありがとうございます!!
もうご本人、病室へ戻られてますので。
お会いになられてけっこうですよ
あ…。
ありがとうございます!!
女医先生は、ニコッと笑って。
その場を立ち去られました。
ええっと…。どういうことやろ?
このあと私ら、またあの先生の部屋に行って話をきくんやろか??
先生が去ったあと、S子叔母さんが疑問を口にします。
それはもうないでしょう。だって先生が直接、来てくれて、説明をして下さったから。
もうあの部屋に行くことはないでしょう
きっと病院内も忙しくて、いろいろイレギュラーになってるのでしょう。
僕たちは妻の病室へと急ぎました。
そこには、
手術を終えたばかりの妻が、
ベッドに横たわっていました。
さっき意識も戻られたんで。話してもらって大丈夫ですよ
看護師さんが言いました。
…麗子?聞こえる?
僕が呼びかけます。
…ウン。
妻が答えます。
半分、眠ったような声でしたが、ハッキリした口調で。
麗子…がんばったね
S子叔母さんの目には涙が光っています。
がんばったね、麗子
落涙しながら僕もいいます。
…ウン。
ぼんやりした声で。
でも必死に、しっかり答えようとする声で。
妻が答えます。
S子叔母さんも、僕も、
泣き笑いの顔で、
目を閉じたままの妻の顔を覗き込み、
ベッドからわずかに出ている手を握り。
僕たちがそばにいることを、
触って妻に伝えます。
ベッドの横に、妻の今日の予定表がありました。
これ以上、僕たちがここにいても、
妻を疲れさせるだけ。
じゃあ、帰るね。
ゆっくり休むんやで
S子叔母さんがそう言って。
僕たちは病室を後にしました。
75%と25%
僕と叔母さんは受付に許可証を返すと、駐車場へと向かいました。
叔母さん、ホントに今日はありがとうございました
どういたしまして
きょう、麗子の手術がうまく行ったのは、
75%は、女医先生のお力だと思うんですけど、
え?あとの25%は?
あとの25%は、叔母さんのお力です
ええ?(笑)なに言うてんの(笑)
25%のうちの半分は、幸運の女神としての超能力ですけど、
あと半分は、
子どものころからずっと麗子を支えてきてくれた、
母親代わりになってくれた、
無償の愛です。
その愛情が隣にあって、
麗子は手術前も、とても落ち着いていました。
とても落ち着いて、手術室に向かうことができました。
それは叔母さん以外、誰にもできないことでした。
僕でさえ。
本当にどうもありがとうございました。
S子叔母さんは照れたような、
嬉しいような、
誇らしいような。
複雑な笑顔を見せて。
袖でちょっと、目頭を拭うと、
さて!!これから会社に戻って仕事しないと!!
そういうと会社名義の軽自動車に乗り込み、
颯爽と、病院の駐車場から出て行きました。
僕も、自分の車に乗り込みました。
5月に買ったばかりの、図体のデカい車。
いちどは廃車を真剣に考えた車。
いつもは横に妻が乗っているのに、
今日だけは、僕は1人で家に帰ります。
でも、手術は成功しました。
リンパへの転移も見られなかった。
エンジンを始動させ、
神様への感謝の気持ちと共に、
家路へ着きました。