お方さまは映画が大嫌いだ。僕は大好きなので、趣味が合わなくて困っている。
テレビ番組では、例えば宇宙の神秘に関するシリアスなドキュメンタリーとかは好きなので、「ゼロ・グラヴィティ」なんかは楽しむかな、と思って連れて行っても、
「全然面白くなかった」
と言う。
僕は仮説を立てた。お方さまは、やや閉所恐怖症のきらいがある。映画館に入るということが嫌いなのではないか?
家でテレビで名画を鑑賞すれば、お互いに楽しめるのではないか?
そこで、テレビで「七人の侍」がやっていたので一緒に見ていても、「さあ!これから面白くなるよ!」ってところで、もう我慢できずに離脱してしまう。
「もう見ないの?」
と聞くと、
「うん。飽きた」
との返事…
「この、世界中の人間が血湧き肉躍らせた、この名画を、途中で飽きてしまう人が、いるんや…」
と愕然とした覚えがある。
さて、「バンテージ・ポイント」。
2008年公開というから、今からもう8年も前の映画だ。
僕たち夫婦がこの映画を見に行ったのは、もちろん僕が当時かなり評判が良かったから、ぜひ!とお方さまを誘ったのだが、お方さまが乗っかってくれたのは単純な理由。
助演男優がマシュー・フォックス。当時、われわれが夢中になって見ていたドラマ「LOST」で主人公のジャックを演じていた人物だったからだ。
お方さまがマシュー・フォックスがお気に入りだったらしく、彼が出ているなら、みたいなノリで映画館に来てくれた。
だが、例によって…
映画が始まって5分もすると、もう視線が定まらず、うつむき加減…
「やっぱり、ダメか…」
と思ったその時!
開始後、わずか6分30秒で!
ズキュン!激しい銃声!
アメリカ大統領が狙撃される!!
うつむいてたお方さま、「えっ?!何?!」みたいな感じで顔を上げる!
さらに2分後、今度は大爆発!!
「え?!え?!何?何?!」
と、完全に、映画サイドの術中にはまっていた!
この種の、上映直後に大爆発、的なつかみで、観客を引き寄せるパターンの映画って最近よく見ます。
ちょっと古いけどダイハード3はスタート3分後に百貨店が大爆発でした。
問題は、このつかみの後、継続して観客を魅了し続けられるか?
このバンテージ・ポイントは、実に巧みな構成で、最後まで観客を引き付け続けました。
鑑賞後、あのお方さまをして、
「面白かった」
と言わしめた、数少ない映画です。
STORY
スペイン・マヨール広場。
午後12:00。
広場を埋め尽くす大観衆の中、国際会議に出席していたアメリカ合衆国大統領が演説を始める。
その直後、二発の銃弾が、大統領の胸を射抜く!
現場は大混乱に陥る!逃げ惑う人々!
さらに直後、爆弾が爆発!
大多数の人々が爆死、焼死、大怪我、まさに修羅場の様相を呈する。
誰の仕業なのか?その手口は?大統領の運命は?
この12時00分からわずか数十分の物語が、6回、それぞれの人物の視点から繰り返される。
①テレビ局
中継車にいる女性ディレクターのレックス(シガニー・ウィーバー)はベテランらしく、大統領到着前の、大騒ぎの現場をテキパキとまとめていた。生意気な女性レポーターのアンジー(ゾーイ・サルダナ)も、なだめすかしてうまくコントロールできていた。
スペイン・サラマンカ市長の演説が終わり、アメリカ大統領、ヘンリー・アシュトン(ウィリアム・ハート)が演説すべく、両手を広げた直後、2発の銃弾が彼の胸を射抜き、大統領は倒れる。
大混乱の現場の中、号泣しているアンジーを必死に説得し、現場からリポートを送らせようとするレックス。アンジーも落ち着きを取り戻し、カメラに向かってしゃべりだした直後、背後で大爆発が起きる。轟音が静まった時、カメラには倒れているアンジーの姿が。レックスが何度、呼びかけても、もはやアンジーは返事をしなかった…
②シークレットサービス
トマス・バーンズ(デニス・クェイド)は緊張していた。久しぶりの復帰だからだ。大統領の盾となり銃撃を受け、ずっと入院していた。メンタル面にも傷を負っていた。周囲は彼の復帰は早すぎるとの声が多かったが、大統領からの信頼が厚く、復帰したのだ。同僚の若きケント(マシュー・フォックス)が彼の復帰に一役買っていた。
広場を埋め尽くす群衆。数名の同僚と共に大統領を演台までエスコートする間も、やや過敏なバーンズ。
市長の演説が始まる。周囲に目をやるバーンズ。何かがおかしい。人がいないはずの窓のカーテンが揺らいでいる。
その時…
彼は何かを見た。次の瞬間、銃声!昏倒する大統領!
謎の男が演壇を駆け上がる!
タックルで男を阻止するバーンズ!
「俺は地元警官だ、市長を守るために駆け上がった!」
「嘘をつけ、行動が早すぎる!」
広場でホームビデオを動かしていたアメリカ人旅行者。彼のビデオで銃撃直前の様子を確認していると…
バーンズがあることに気づいた!演壇に走る!
「逃げろ、爆発する!」
その直後、演壇が爆発した!
…轟音が静まる。周囲は死体の山だ。同僚も一名、死んだ。
と、警官を名乗るあの男が、同僚から銃を奪い逃走した!
他のシークレットサービスが男を追う中、バーンズはテレビ局の中継車に飛び乗る。
銃撃前後の映像を見て、手がかりを得るためだ。
ところが、ある映像を見て…
バーンズは犯人に気づくと、中継車を飛び出した!
③地元警官
エンリケは12:00ジャストに広場に入った。警官バッジを見せ、銃の所持を告げると、入り口の警報機は解除された状態で入場できる。恋人のベロニカが謎の男と、唇が触れ合いそうな近い距離で話をしている様を見る。ベロニカを信じきれていない自分がいる。しかし彼女はあなただけを愛している、という。そして、彼女に頼まれていた「バッグ」を手渡す。
アシュトン大統領が銃撃される!エンリケはとっさに市長を守るべく動くが、シークレットサービスに阻止され、拘束される!大混乱の中、彼はベロニカを見つける。その表情は氷のように冷淡で、彼への愛情など欠片もない。そして彼女はあのバッグを演壇の下に放り投げると、逃げるようにその場を後に…
エンリケは気づく、騙されたんだと。
演壇が大爆発し、多数の死傷者が出る。エンリケはシークレットサービスから銃を奪い、逃走。
救急車を運転しているベロニカと目があう。が、彼女はそのまま走り去る。
何名ものシークレットサービスが追いかけてくるが、地の利を生かして追っ手を交わす。
向かう先は…
先ほど、謎の男と彼女がかわしていた会話の中にあった場所。
彼は銃を抜き、近づく人物に言う。
「俺が生きてて驚いたか?」
④旅行者
12:00ジャスト。アメリカ人旅行者ハワード(フォレスト・ウィテカー)は広場でビデオを回していた。偶然、若い男女を写していたら、アイスクリームを持った少女アナが衝突してくる。母親は必死にハワードに謝罪する。
演壇に大統領が登壇する。ハワードはシークレットサービスの一人が、向かいの建物の窓に注意していることに気づく。そちらにビデオを向けると、窓の中に明らかに人影が。
直後に銃声!倒れる大統領!
大混乱の中、シークレットサービスに映像を見せるハワード。シークレットサービスが、映像の中で、演壇に何かを投げ入れるベロニカの姿を見つけた。
「逃げろ!」シークレットサービスが叫んだ直後、演壇は爆発!
轟音が静まった時にハワードが見たのは、母とはぐれたアナの姿だった。彼はアナを抱きかかえ、安全な場所へと移動する。その途中、シークレットサービスから逃走している人物と遭遇する。それはエンリケなのだが、ハワードはそのことを知らない。
アナを婦人警官に預け、正義感にかられたハワードはエンリケの追跡に手をかす。追っ手をまいたエンリケを見つける。高速道路を横切るエンリケ。歩道橋からその姿を追うハワード。エンリケが銃を抜いた。パトカーから誰かが降りてきた。シークレットサービスが追いつき、エンリケに発砲した。同時にパトカーから降りてきた警官もエンリケに発砲した。
何があった?わからないその時…
母を見つけたと混乱したアナが、高速道路に侵入してきた!
とっさに歩道橋を降り、アナを助けようと動くハワード。
しかし猛スピードで救急車がアナに突進していた!
⑤大統領
この部分は本作最大のネタバレになるので、詳細は控えます。
⑥ハビエル
エンリケの恋人・ベロニカと話していたのはこの男だった。ハビエルは優秀な特殊部隊の隊員であるが、ベロニカに弟を拉致され、ある任務を遂行しなければ弟を殺す、と脅される。
ハビエルは⑤に関連する重大な任務をこなす。それは極めて入念に準備された計画であった。ハビエルの熟練した特殊部隊の技術と、ベロニカたちの入念な準備で、計画は成功を収める。
そして、時計は動き出す…
シークレットサービスのバーンズが気づいた犯人を追跡し、
ハビエルが盗んだ荷物「POTUS」をベロニカたちが回収、ベロニカは救急車に「POTUS」を積んで逃走を図る。
少女アナは母とはぐれ、逃げ惑う群衆の中で母を探す。
バーンズが追う犯人がハビエルを回収し、
激しいカーチェイスが展開!!
救急車に積まれた荷物、「POTUS」は、絶対に奪われてはならないもの、
果たして、バーンズは「POTUS」を奪還できるのか?!
出演陣はとても豪華だ。
デニス・クェイドが、優秀だけど心に傷を負ったシークレットサービス、
ウィリアム・ハートが合衆国大統領、
フォレスト・ウィテカーが気のいいアメリカ人旅行者、
シガニー・ウィーバーが有能な女性テレビマン、
さらにこの直後にブレイクするゾーイ・サルダナが、すぐ死んでしまうレポーター役で出ている。
当時「LOST」で人気が出始めていたマシュー・フォックスも重要な役で出演している。
開始直後に大統領が狙撃され、大爆発が起きる。そのシーンを、6人の視点から見た映像を6回繰り返すという、斬新な手法で描かれているので、緊張感が持続しする。また、狙撃に至る過程も、各視点で新たな事実がわかるので、中だるみなく、ハラハラ感が持続する。
サスペンス的な演出はその構成力により見事であるが、反面、人物を強く描ききれないのが残念。
人間のクズと思っていた犯行グループにも、妙に人間くさい部分があり、ベロニカが殺人をためらったり、子供を避けてハンドル操作を誤ったりする場面は、もう少し彼女の背景が見たかった。
そのほか、いくつかツッコミどころはあるものの、全体的にはとても面白い。同じシーンを別の視点で複数回描くという手法、キューブリックの「現金に体を張れ」とか他にも散見されるものの、そのアイディア一本で勝負!という映画は本作しかないだろう。
あっという間の90分です。