前回まで:
【入院2日目・前編】
ほとんど眠れなかった。同室の斉藤のジーサン、きのうが足の血管の手術だったみたいで、その傷が、痛〜い、痛〜い、と一晩中、うなっていた。
でも、それがなければ眠れていたか?
緊張がかなりあったから、結局は眠れなかっただろう。
「だいたい、なんで9月13日やねん!"9"は"苦しい"やから不吉な数字、"13"は西洋では忌み嫌われる数字やん!わざわざ、そんな数字が重なった日に手術することないやん!」
「カテーテル手術で死亡、て記事はみたことないけど、術後、感染症の恐れがあるとこゆーて、同意書にサインもさせられた!コワイコワイコワイ!」
「『術後、ICUに入ってもらう予定でしたが、いっぱいでしたので、HCUに行ってもらいます』って言われてたのに、急に、『やっぱりICUになりました』ってなんでや?!とゆーことは、主治医の渡部先生が、「なに?あのデブ患者のICUが取れなかった?アカンアカン!あのオッサン、症状進行してるし!不安要素高いねん!ゼッタイICU取っといて!」て言いはったんちゃうん!とゆーことはオレ、危ないんちゃうん?!」
ネガティヴな思考ばかり、睡眠不足の脳ミソに浮かんでは消え、浮かんでは消え…。
「探さないで下さい」
の書き置きを残し、逃げ出そうかと、真剣に考えた。
僕の手術は4番目。("4"て!また、縁起ワル数字!)前の患者さんにどれだけ時間がかかるか正確には読めないけど、13時から14時くらい、と聞いていた。
10時ごろ、お方さま登場。
この日のメインイベントは、もちろん手術そのものだが、それに先立って、めっちゃイヤなイベントがある。それは…。
「おしっこ管の挿入!!」
ギエー!!考えただけでもイヤ!!
“くだ”を、尿道に差し込むんでしょう?!ぜったいイヤ!!
でもやらないわけにはいかない…
しかも、尿道セットを持って現れたのは、僕の下の毛を剃毛した、美人看護婦・梅野…。
なんでコイツばっかしやねん!女王様気質やから、ワザと痛くするんちゃうん!!
「手術は鼠蹊部の動脈を切ります。術後も出血の可能性があるので、オムツはいてもらうんです。だから、パンツぬいで、まず、このオムツをセットしますね〜」
またか!梅野よ、またおぬしは、それがしにオムツをはかせるなどという屈辱を味わわせるのか!!
まる出しチン◯コの腰を浮かせ、梅野の手で、尻の下にオムツをセットされ…。
いよいよおしっこ管の挿入。
「まず消毒しますね〜」
メンズの最も敏感な部分・亀頭に赤チンを塗り塗り。
「はい、入れますね〜。チカラ抜いて、口で息して下さいねー」
ぶすり。
ギャアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!
イタイイタイイタイイタイイタイイタイーーーッッッ!!!
「チカラ抜いて下さい!、チカラ抜いて下さい!!」
ムリムリムリムリムリムリムリムリムリーーーーーッッッ!!!
「口で息して!!チカラ抜いて下さい!!」
ムリやって梅野ーーッ!!
「みんなやってるから!池田さんもできます!チカラ抜いて!!」
イタイイタイイタイムリムリムリムリムリーー!!
隣でジーサンの体温を計っていた、もう1人の看護婦が、
「お産みたい!お産みたいになってますよ!!」
ゲラゲラ笑うお方さま。
テメーら覚えてろバカにしやがってーーイタイイタイムリムリムリーー!!
「はい!風船ふくらませます!」
フーセンとか聞ーてませんイタイイタイイタイイタイー!!
尿道の奥で何かが膨らみ!僕の意思と関係なくおしっこがとめどなく溢れ出る感触があった!!
「はい。終わりましたー」
ハアハアハアハア…
12R戦い終えたボクサーのように灰になった…。
帰りぎわ、梅野が言った。
「心臓カテーテルアブレーション。受けないよりも、受けた方が、絶対に良いです。池田さん、立派ですよ。頑張って下さいね」
「梅野…。お前…。」
わけのわからない余韻を残し、梅野看護婦は退場した。
12時ごろ、姉が来てくれた。
姉は若い頃、いろんな病を経験し、50を越えて、やっと人生を謳歌できるようになってきた。
姉が早口でまくしたてる。
「あたしの友達のお父さん、70の時、胸が苦しいゆーて!病院いったら、即手術しないと死ぬ言われて!その日のうちにカテーテル手術やで!それからとゆーもの、その人、半年に1回くらい、カテーテル受けてて、日帰りで帰ってきてるらしいから!カテーテル手術なんか、アタシが受けてきた、カラダ切り開く系の手術と比べたら簡単や!!心配せんでええって!」
えー?!そーなん?!日帰り可、の手術なん?!それやったら安心や…
(ちなみに姉のこの言葉、真偽のほどは不明ですが、その数時間後に僕が受けたカテーテル手術は、とても日帰りでできるようなたぐいのものではありませんでした。僕の不安を取り除こうと、姉がワザとウソをついてくれたのかも知れません)
お方さまの従姉妹、寿子も、出勤前に現れた。
「トン兄ぃ、(『豚骨にいさん』、の略)顔変換アプリて知ってる?アタシと、東京のおばちゃんと、顔変換してん!もー、大爆笑やで!!」
お方さまも寿子のスマホをみながら大爆笑!お方さまと寿子も顔変換して大爆笑!!
僕もそれを見た。確かに面白いのだが、とても笑えるような心境にはなれなかった。でも、必死に僕を笑わせようとしてくれているこの人たちに、これまで以上に、深い愛情と感謝の念が湧いた。
朝1番に考えたことは、極めてネガティヴなことばかりだった。いま、僕を心配してくれているこの人たちによって、ネガティヴ思考は遮断されている。
FBを開く。見ず知らずの人もいる、友達。たくさんの友達が、同じように、僕にエールをくれている。
こんな時に、全然関係ない、面白投稿ができるのが、真にユーモアのセンスがある人間なんだろうな。でも、僕にはできなかった。
やはり心に不安がある。ユーモア投稿はさすがにできない。きっと、ジェームズ・ボンドなら、こんな状況でもイギリス小話のひとつでも披露するんだろうけど。
「池田さん。呼ばれましたよ」
14:40、梅野が来た。いよいよだ。
梅野が押す車椅子に乗せられる。そのまま、二階奥の手術室まではこばれる。
「付き添いの方は、このベンチにいて下さい。時間は、かなりかかると思います。もしお席を離れるなら、1人ずつ、離れてくださるようお願いします。誰か必ずいらっしゃってください」
手術室に入る直前。妻と姉が、精一杯の笑顔で、僕を見てくれた。僕も、精一杯の笑顔で返した。
そして、手術室に入った…。
【入院2日目・後編に続く】
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