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はからずも52にして人生を再スタートすることになりました。健康を取り戻し、また走り始めたい!

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見えざる手 〜ウルトラランナーの友人が、網膜剥離と尿管ガンを克服できた理由は…〜

 

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昨日は、大阪ランナーの聖地である大阪城公園からほど近い、大阪府立成人病センターまで、ランニング友達のお見舞いに行ってきた。

 

この日の目的は、6日前に行われた癌手術のお見舞いだ。

 

僕も1ヶ月前に心臓の手術をしたので、とても他人事とは思えない。ランニング仲間でもあり、手術仲間でもある。

 

彼は実は、6月には網膜剥離の手術も行っていた。50歳を目前にして、大きな手術をたて続けにしていることになる。

 

彼は、フルマラソンなら3時間17分で走る。一般人なら、サブ4(フルマラソンを4時間を切って走ること)でじゅうぶん速い、と言われる。3時間17分はとてつもないランナーと言える。

 

2年前は山口県で行われている萩往還というウルトラマラニックで140kmの部を完踏していた。(この萩往還、完走ではなく完踏というらしい)

 

萩往還には250kmの部もある。去年はそれに挑戦し、とんでもない悪天候につき、途中棄権になった。

 

それ以来、彼は250kmの部を完踏するため、食事からトレーニングから、徹底してストイックに行った。

 

もともとフルマラソン3時間17分ランナーだ。一般人としてはすごいランナーだ。それをさらに研ぎ澄まし、研ぎ澄まし、来るべき本番の日に向け、万全の準備をしていた。

 

結論からいうと、彼は今年も完踏できなかった。

 

潜在能力は、完踏するには十分すぎるチカラを持っていた。肉体は研磨され、完踏への執念は他のランナーの比ではなかった。ともに練習していた仲間は皆、完踏している。つまり練習量にも不足はなかった。

 

今年も悪天候に見舞われたのだが、彼が完踏出来なかった理由はそんなことではない。

 

徹底的に準備して挑んだ萩往還。だが彼はその直前、まずは熱湯を足の甲にこぼしてヤケドを負ってしまう。

 

さらにレース会場に向かう道すがら、ギックリ腰になってしまう。

 

それでもスタートラインに立とうとすると、今度は原因不明の激しい嘔吐。

 

まるで、見えない手により、彼をレースから遠ざけようとするチカラが働いていたようだった、と本人は振り返る。

 

それでも、1年かけて準備した大会だ。完踏を信じ、スタートした。でもそんな体調では250kmを走り切るなんてできるはずがない。

 

48時間以内に250kmを走るレースだ。眠る時間などない。そんな過酷な環境下では、エネルギー補給はキモだ。途中で腹が減ったりしたら、ハンガーノックという低血糖に陥り、危険な状態になる。

 

ウルトラマラソンでは食べることは極めて重要なポイントなのだ。

 

131km地点で、食べ物を完全に受け付けなくなり、無念のリタイアとなった。

 

どれだけ悔しかったかは彼のみぞ知る、だ。レース直前に続いた理不尽な運命に、激しい憤りを感じていたに違いない。

 

それが、今年の5月のことだ。

 

その数週間後、彼はジョギング中に、視界の異変を感じる。片方の目が、見えにくくなったのだ。

 

眼科に行くと、網膜剥離の疑い。すぐに大きな病院に回される。そしてそこでの結果、即手術の判断。

 

あと10km走ったら、網膜が剥がれてしまいますよ!とドクターに言われた、とのこと。

 

あと10km…

 

250km走るつもりで、131kmで走れなくなったあの日。もし体調が良かったら、残り119kmも走破しただろう。

 

不慮のヤケド。ギックリ腰。原因不明の嘔吐。

 

「レースから遠ざける、見えない手」

 

彼はこの時、確信した。自分は、助けられたのだと。

 

網膜剥離の手術は成功した。

 

その数ヶ月後、今度は血尿がでたため泌尿器科で見てもらうと、尿管癌の疑い。

 

奥様は言う。萩往還のためのストイックな生活は、あまりに急激に体質を変え過ぎ、あまりにカラダ全体に負担をかけ過ぎた。その反動がきたのだ、と。

 

でも今回も、早期発見が幸いし、7時間にも及ぶ大手術ではあったが、臓器を摘出した今、もう抗ガン剤治療も不要になり、3ヶ月ごとの外来で様子を見る、というところまで回復した。

 

10月30日に行われる大阪マラソンに当選している彼は、せっかくなのでスタートラインに立ち、400メートルだけ走ろうと、こっそり計画している。

 

手術6日目にして、大声で笑い、歩き回る彼を見ながら、医学の進歩に驚嘆するとともに…

 

僕は人智を超えた「見えざる手」の存在を感じずにはいられないのであった。