【再入院日記 2日目=手術日・後編】
規格外の食欲
姉への感謝
14時半には目を覚ました。
お腹は空いていたものの、麻酔の影響が強くて、まだ食べられそうな気がしない。
姉もお方さまも、お昼はまだ食べていなかったので、2人分の昼食を、お方さまが買いに出かけた。
姉が、安心した顔でこっちを見ていた。
姉は体が弱く、また成人してからメンタル面も弱ってしまい、ずっと外に出られない生活が続いた。
義兄との間に子供ができず、長いあいだ不妊治療も行っていた。
やっと人並みな生活ができるようになったのは50歳を過ぎてからだ。ただ、不妊だけは克服することができなかった。
僕と姉の間には、疎遠な時間が長かったことも事実だ。
しかし姉は僕の手術のために来てくれ、お方さまの話し相手になってくれた。
「姉ちゃん。来てくれてありがとう」
僕は素直な気持ちを言った。
「よかったなあ。無事に終わって。私もホッとしたわ」
と姉が言った。
「姉ちゃんの手術の時…。オレは行かなかったなあ。ゴメンな」
「…。いいよ、不妊手術のことは誰にも言ってなかったからな。あの頃は、何としても子供が欲しくて必死やったから。でも今にして思えば、なんであそこまで必死になってたのか、わからんわ」
ハラ減った
お方さまは近所のスーパーまでお昼を買いに行っていた。具沢山のサンドイッチと大きなおにぎりを、姉とお方さまとでシェアしながら食べていた。
それを見ていると、猛烈に空腹感に襲われた僕は…。
お方さまに
「おなか…。すいた…」
と訴えた。
手術前だったので、朝食はもちろん抜いている。僕の分の昼食はナースセンターに保管してくれていた。
お方さまが昼食を取りに行ってくれた。
姉は、僕は昼ごはんを食べられるくらいに回復したことに安心して、ここで帰って行った。
カテーテルアブレーションは、鼠蹊部の動脈からカテーテルを挿入している。術後24時間は絶対安静だ。万一、手術に使用した動脈の穴が破れ出血した場合、失血で死んでしまうこともあるそうだ。
そういう訳で、まだ術後数時間しか経っていない僕は、ほとんど動いてはいけない。パラマウントベッドの頭部を上げるのでさえ、20度までと決められている。
20度まで、頭を上げて…。
お方さまが食事を口元まで運んでくれた。
献立は、
・ごはん160g
・白身魚の煮付け
・ニラ卵
・ほうれん草のおひたし
・りんご
総カロリー600キロカロリー。
八尾市立病院の病院食は、本当においしい。
だがそれ以上に…。
心臓手術と言う、ある種の危機的状況を脱したことをカラダ自体が喜んでいるのか、
生きることの大切さを全細胞が再認識しているのか、
この量の少ない、薄味な病院食が、まるで宮廷料理であるかのごとく、まさに美味の極致と感じる!!
魚の身は、生き物から命をいただいている尊さを思い出させ、
ほうれん草からは大地の恵みをいただいた。
お方さまが、僕が食べやすい大きさに、箸でつまんでひとくち大にして食べさせてくれた。
本当にありがたい。お方さまがいないと今の僕は、食事さえできない。
看護師さんの疑念
麻酔でほとんど動けない人間にしては、あっという間に食事をたいらげ。
満足して僕は再び浅い眠りについた。
3時半ごろ。看護師さんが入ってこられて、戸惑ったような眼差しをわれわれ夫婦に向けながら言った。
「お昼ご飯の件なんですけど…」
「はい?」
まだぼんやりとした意識の中で僕は言った。
「奥様は、どのくらい食べはりました?半分くらい?」
「…。え?」
急に話の矛先が自分に向いたお方さまは、話が見えずキョトンとしていた。
「お昼ご飯、ぜんぶ食べてはったでしょう?手術から帰って来たばっかりの患者さんが、あれを全部たいらげるなんてあり得ないから…」
「…。ぜんぶ僕が食べたんですけど…」
「ええっ?!」
「…なんやったら、足らないと思ったくらいやったんですけど…」
「ええっ?!」
看護師さんはばつが悪そうな顔をしてその場を去られた。
「いえね、薄味の具合を見るために、けっこう食べて行かれる奥さんとかが多くいらっしゃるもんで…」
などと口の中でブツブツ言いながら。
いかんな…。看護師さんの経験値を上書きするくらい、僕の食欲というのは規格外なのか…。
痩せないと…(⌒-⌒; )
僕を治してくれた人たち
16時ごろ、福岡先生が来ていただいた。術中、何度も僕の表情を確認し、意識が戻るたびに麻酔を追加して下さった恩人だ。
「両手あげて、グー、パー、グー、パーできますか?」
僕が言われた動作をすると、先生は嬉しそうな顔をして去って行かれた。
17時ごろ、今度は渡部先生が来ていただいた。朝、手術室で見たのと同じくらいの闘志の炎を燃やされている。火曜日はアブレーションの日なので、常に超サイヤ人に変身されているようだった。
すでに麻酔も覚め、正しく受け答えできるようになっていたので、僕は何度も先生にお礼を言った。
先生も満足そうに、
「じゃあ退院も予定通り、週末で可能みたいですね」
と言い残し、帰られた。
また、僕の心臓から悪さをしている悪魔を取り除いてくれた、神様のような人だ。本当にありがとうございます。
平和な時間
夕食は18時。お昼を3時間前に食べたばかりだが、もうお腹はぺこぺこだ。
・ごはん160g
・鶏肉のチーズソース
・切り干し大根の煮物
・わかめサラダ
・みかん
という献立だ。
まだ手が上手く使えないので、今回もお方さまが食べさせてくれた。
鶏肉のチーズソースなど、まるでフランス料理か?!と思うほどの美味しさだった!!
山本さん、再訪
食事を終えしばらくしていると…。
朝、手術前に訪れてくれた山本さんが、仕事を終え、私服に着替えてまた様子を観に来て下さった。
「手術、無事に終わったみたいで良かったです」
「朝も来ていただいたみたいで。お忙しいところ何度もすみません!」お方さまがお礼を言った。
山本さんの次のレースの予定などを聞いてみた。ウルトラを中心に、フルマラソンも何本も入れられている。本当に走ることが好きなご様子だ。
なんとサロマも稲田さんとともにエントリーされていると言う。
「サロマ、僕も応援に行こうと思ってるんです!」
ランナー同士、すっかり盛り上がった。
今夜いっぱい、僕は右足を動かすことができない。左足はヒザを立てることができるが、できることはその程度だ。
19時過ぎ、お方さまが帰ったけど、見送ることもできない。
やがて、帰宅してしばらくたったお方さまからメールが届いた。
内容は…。
今朝、おしっこ管挿入準備時に放送されていた「まんぷく」のあらすじだった。
深夜の死闘
22時。消灯。僕もベッドから届く最後の明かりを消し、部屋を真っ暗にした。
しかし…。
昼間、麻酔薬のせいで眠りまくったせいで、妙に目が冴えている。
しかも…。
右足が動かせないということは、かなりの苦痛であった。
上体を起こすことも不可。
暗闇の中で、本来なら眠れるくらいの状態ではあったが…。
右半身を動かせない苦痛がジワリジワリと浸食し始め…。
苦痛で眠れなくなった。
こんな時は、iPhoneをアマゾンプライムにつないで。
「さまぁ~ず×さまぁ~ず」を見る。というか、聞く。
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さまぁ~ずの仲の良いやり取りを見てると自然にほっこりとして来て…。
いつしか眠れるようになる。これが最近の僕の熟睡法。
ところが。
ほんの少し、身をよじったところで…。
ベッドからiPhoneが落下した!!
左手を床に伸ばすが…。
と、取れない!!届かない!!
iPhoneはベッドの左斜め下あたりに落ちている!!
右足は動かせない、これ以上、届かない!!
ハッ!!その時、僕は閃いた!!
これは「パラマウントベッド」だ!!
手元スイッチを押すと、ベッドそのものが下降する!!
手元スイッチはどこだっ?!
右足が動かせない中、上半身をねじりながら、ベッドの右にかかっているはずの手元スイッチを探す!!
あった!!
右手で手元スイッチをたぐり寄せると…
すとん。
こんどは手元スイッチが落ちたっ!!
アホかっ?!
左下にiPhone、右下に手元スイッチ!
ダメだ、どっちも届かない!!
心臓手術したばっかりやのに、夜のベッドの上で汗だくや!!
そ、そうや、パラマウントベッドの手元スイッチは、ベッドから線で繋がってる!線をたぐり寄せればエエんや!!
無事、手元スイッチ、ゲット!!
「たかさ/おろす」のスイッチを押す!!
ウィーン。ベッドが下降して行く…。
ガチッ。ガタガタ。ガタガタ。
うわっ、なんか引っかかった!!たぶん、椅子かなにかがベッドの寄りかかっていて、それがつっかえてこれ以上ベッドが下がらないのだ!!
ほんの数歩、歩ければ障害物になってる椅子くらいすぐどけれるのに!!
っていうか、歩ければiPhoneを拾うくらい簡単なのに!!
でもこれ以上、ベッドの上で半身をよじったりするのは危険だ。万一、鼠蹊部の動脈のキズが開きでもしたら、失血死してしまう。
「男性 看護ベッドの上で失血死 スマホを拾おうとして?」
という新聞の見出しが脳裏に浮かんだ。心臓を手術しておきながら、お股から失血死って最期はあまりにマヌケだ…。
ダメだ…。あきらめよう…。
ノックダウンされた敗戦ボクサーのように、僕はベッドの上で大の字に倒れ、すべてをあきらめた…。
眠りにつくのに必要なのに、さまぁ~ずのおもしろトークが聞けない…。
右足が動かせないので、右半身が固まって痛い…。
右のふくらはぎがダルくなって来た、右の尻がベッドに沈みこんで痛い…。
もうダメだ…。
そうして約2時間、「あそこが痛い、ここがダルい」などと思いながら、寝返りも打てずにベッドで苦しんでいた…。
やっと、巡回の看護師さんが来られたので、落ちていたiPhoneを拾ってもらった。
「ナースコールしてくれたらよかったのに」
ナ!ナースコール!!
その手があったか!!
でも…。
この病棟だけで何十人もの入院患者がいる。夜勤シフトの看護師さんはそれをわずか数名で看護されている。そうでなくても人間の習性に反する「夜勤」という仕事。
「iPhoneを拾ってくれ」
なんてことだけで、そんなたいへんな仕事に就いてらっしゃる看護師さんをよぶなんて傲慢なこと、僕にはきっとできなかっただろう。
やっと手に戻ったiPhone。僕は動画サイトにつないで、さまぁ~ず×さまぁ~ずを枕元に置いた。
大竹が例によって世の中を愚痴り、三村が的確なツッコミを入れていた。
それを聞けてホッとしたが…。
やはり、眠れはしなかった…。