その日は…
2人で、朝早くから、香川県にうどんデートに行っていた。
年に2、3回は通う、お気に入りの店があるんだ。
山越うどん。
ここの「かまたまうどん」が絶品で絶品で。
僕たち2人とも、大好きなんだ。
その日ももちろん山越さんでかまたまうどんをたべたあと、あと確か2〜3件のうどん屋さんを回った。
けっこうはやい時間に、大阪に戻れた。彼女が、あした早いから、という理由で、4時ごろ、家に送り届けた。
僕は当時、奈良に住んでた。公営団地の自分の駐車場にクルマを停めたのは5時前だったかな。
強く西日が差していたのを覚えているよ。
長い時間、運転していた。自分の駐車場に停めた時は、ふぅ〜っと、大きくため息をついた。
楽しい時間だった。
道中も、バカな話で盛り上がり、うどん屋さんでは美味しいうどんに舌鼓。
帰りの車中も、疲れてる僕をおもんばかって、必要以上に笑い、喋って、僕の眠けを追っぱらおうとしてくれて。
もう付き合い始めて1年以上やなあ。
車内を整えながら、僕は思った。
結婚、するなら、あの子やろうなあ。
運転席に座りなおして、僕は思った。
気づかいのできる、心の優しい、上品な、美人さんだ。
僕なんかにはもったいない。
…。まあもちろん欠点もあって。
時間を守れない、とか。
ぼんやりしてる、とか。
ガンコなとこ、とか。
でもそんな欠点はすべて長所と比べたら、ゴミ程度の小さなもので。
じゃあ、なぜ結婚を決めないんだ?
僕は自分に質問した。
…そうだなあ…
結婚って、そんなに良いものなのか?
独身の今は、いつ、どこへ行こうが勝手だし。
稼いだカネを何に使おうが勝手だし。
いつ帰って、いつ寝ようが勝手だし。
それこそ、他にいい女がでてきたなら、それに乗り換えようが勝手だし。
…いや、最後のはないな。
こんな僕に、彼女よりいい女が出てくるはずがない。
でも…
最後のふんぎりが、まだつかないな。
西日が差し込んでいる車内。
ふと、助手席をみた。
ヘッドレストに、長い髪の毛が1本。
西日にあたって、きらっと光った。
彼女の髪の毛だ。
フッと、笑顔がこぼれた。
また、さっきまでの楽しい時間が蘇った。
…さあ、いつまでもこんなとこにいられない。
髪の毛を捨てて、家に入ろう。
そう思った。
が…。
カラダが、動かなかった。
脳は命令した。
①右手で髪の毛をつまんで、
②窓から外に捨て、
③クルマを降りよ
と。
でも…。
カラダが、動かなかった。
助手席の髪の毛をつまんで外に捨てる。
それができなかった。
彼女の髪の毛だ。
それを捨てるなんてできない。
脳の命令を、魂が拒んでいた。
…捨てられない。
たとえ、髪の毛1本でさえ。
その時、僕は思ったんだよ。
彼女と結婚しよう。