駅前の100円ショップ「ONLY 1」さん。
通常の100均ショップよりもおしゃれな商品が多く、買い物客のほとんどが女性。
僕は部屋の整理に必要なハンガーを求めて、この店に入った。
お目当のハンガーは、上着用が5Pで100円、ボトムス用は1P100円だったが、クリップの幅がかなりあるので使い勝手は良さそうだ。
他に何かいいものはないかなあ、と探していると…(100均のワナにまんまとハマっている…)
あった!漏斗(ろうと)!!
お方さまが毎朝、小さな飲み口の魔法瓶に温かいコーヒーを入れていくのだが、飲み口が狭すぎて、コーヒーカップから魔法瓶への移し替えがスムースに行えない。
そこで漏斗を使うわけだが、家にある漏斗が小さすぎて、それを使ってもコーヒーが脇からダラダラとこぼれてしまうのだ。
プラスチック製の漏斗、大きさが3〜4種類くらいあったのだが…
僕の目的にちょうどいいと思われる大きさの、(中)程度の大きさがあった。
よし!これを買おう!
と思って商品をカゴに移そうとしたその時…
「100均あるある」に出くわしてしまった!
その漏斗、2個で100円だったのである!
ビニール製の糸で結わえられ、2個の漏斗で1つの商品となっていた。
ええ〜っ。漏斗、2個は要らないなあ…
困ってしまった。毎朝、コーヒーを魔法瓶に入れる際のストレスは、この大きさの漏斗を手に入れることで解消される。
が、この2P100円の漏斗を手に入れることで僕が失うものは何か。
①不要な漏斗を置いておくスペース。
万一、予備の漏斗が必要になれば?などと、永久にこないであろう状況を考慮し、不要な漏斗を1個分、引き出しに入れておくのはスペースの無駄だ。
②不要なものを買ってしまった罪悪感
1個は必要、でも2個は不要。にもかかわらず2個も買ってしまったということは、自らの管理能力の無さを認めているようなもの。それは敗北であり、挫折であり、罪悪だ。
最も合理的な判断は、余った1個を捨てる、という考え方だ。しかしそれは②に抵触する敗北と同じだ。同時に、「モッタイナイ」が世界共通語になろうとしている昨今、良識ある現代人がとるべき選択肢ではない。
と、100均の家庭用品コーナーの前で、壮大な考えが脳内を駆け巡った。
そして僕は、
「買わない」
という選択肢を採用することとした。
現在、家にある小さな漏斗では、コーヒーの「こぼれ」が顕著だ。
だが、注意深く注げば、「こぼれ」は良識の範囲内だ、と言ってもよかろう。
目の前の漏斗があれば、ストレスなくコーヒーが注げ、最良の結果を生むだろうが、もしなくても、従来通り、良識の範囲内の生活はできるのだ。
それを、買ってしまって手に入れる利便性は、「敗北感」「挫折感」「モッタイナイ精神への反逆」など、数々の罪を犯して手に入れる利便性だ。
そんなものなどない方がマシだ!!
という結論に達し、僕は漏斗を買わないことにした。
ハンガーだけをカゴに入れたまま、レジに向かおうとしたその時…
初老の女性が、「家庭用品コーナー」の前で立ち止まり、ついさっきまで僕が見ていた漏斗を手に取り、カゴに入れようとして…
ビニール糸で結わえられた、「もう1個」に気づき…
明らかに、困惑の表情を浮かべていた。
まさに!ほんの数分前の僕と、まったく同様のリアクションなのであった!
彼女の脳内で飛び交っている、「スペースの無駄」「敗北感」「モッタイナイ」などのワードが、この耳に聞こえてくる気がした。
僕は迷うことなく、彼女に接近した。
僕:それ、2個も要らないでしょ?
女性:…えっ?(見ず知らずのおっさんに話しかけられ、じゃっかん、構えている)
僕:僕もいま、それで悩んでたんです。2個も、ぜったい要らんでしょ?!
女性:うん!要らん!!
僕:1個でいいですよねえ!!
女性:1個でいい!!
僕:2人で1個買って、はんぶんこしましょか?
女性:うん!しよう!!
ということになり、女性は、買い物がそれだけだったと見え、2P100円の漏斗をひとつ持ったまま、レジへと向かわれた。
僕は彼女の後ろに並び、自分の財布から60円を取り出し、彼女に渡そうとした。すると彼女は、
「そんなん!もういいですから!」
などと言って、知人同士が少額の支払いの際で揉める、あの一幕を演じた。
「そういうわけにいきませんよ!」
と言って僕は、彼女が開けていたおサイフに僕の60円を入れた。
やがて彼女にレジの番が回ってきた。彼女は110円で支払った。
「そのビニールの糸、切ってもらえますか?」
レジ係さんに僕が依頼し、晴れて漏斗は1Pずつにセパレートされた。支払いを終えた漏斗は、1Pが女性、1Pが僕、のカバンの中に収まった。
で、僕が自分のハンガーの支払いをしている間に、女性は自分の財布から差額の6円を取り出し、
「これ、差額」
と言って僕に渡そうとした。そこで僕は再び、
「いやあ、そんなん、もういいから!」
と、例の一幕を演じたが、今度は彼女が僕の財布に6円を入れた。
「そんじゃあ!」
と、僕がハンガーの支払いをしている間に、その女性は何処ともなく去って行った。
かくして。
僕は欲しかった漏斗を、何の責め苦も感じることなく手に入れたのだった。
そして次の朝。
この漏斗を使用して、お方さまの、飲み口が小さすぎる魔法瓶へコーヒーを注いだ。
そして思った。
「もうひとまわり、大きい漏斗の方がよかったわ…」(^◇^;)