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ポンコツ夫とポンコツ嫁はん。ランニングで健康維持しつつ映画やテレビ見ながら言いあらそうブログです。

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お方さま・再起動(リブート)!!【フルマラソン完結編】『あなたに、褒められたくて』 後編 2016年4月3日 13:09:25〜15:18:27 

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食事を誘いに来た同僚が、“科学者”の顔を見るなり絶句した。

 

「ど、どうした?」

 

同僚の声に、“科学者”はそっちに目を移した。「えっ?」

 

「な…泣いているのか?」

 

「えっ?」

 

“科学者”は自分の目尻からかなりの涙が流れ落ちていることに気づいた。

 

「い、いや、違うんだ…。ホラ、徹夜が続いてさあ!」

 

ティッシュで目尻を抑えながら言った。

 

「昼メシだろ?先、行っといて!」

 

同僚は真剣に彼の身を案じていた。「またカップラーメンか?ちゃんとしたもの食べないと!」

 

「ああ、わかってる。最近、脂肪の燃焼効率が上昇したと見えて、腹が減らないんだ」

 

「同じことをこないだ退職したマイクも言っていた。あまり追い込んじゃダメだって」

 

「マイクさん?ハハハ、彼はポテトチップを食べ過ぎてたんだよ」

 

「そうだよ、マイクさんは、脂肪の燃焼なんか関係なく、ストレスからくるノイローゼだって噂だ。あんたも、デリケートなんだから、同じことにならないかと…」

 

「わかったよ、ありがとう!晩めしはいいのを食うよ!」

 

同僚は手を振って出て言った。

 

彼はいいヤツだ。心配させるのは本意ではないが、休日出勤までして、まさか他人のマラソンが気になるとは言えない。今度、飲みにでも誘おう。

 

“科学者”は再びパソコンの画面に戻った。

 

点が、止まっている!ちくしょう、今度はなんだ!

 

時計を見た。13時9分。関門か?関門に引っかかったのか?

 

「さが桜マラソン」公式ホームページから、関門時間を確認する。いや、関門ではない。彼らはまだ時間がある。ぼくの忠告に従い、旦那さんは前半に貯金を作っていた。だからまだ時間はある。

 

ならなぜ止まった?

 

他のトラブルが起こったのか?ちょうど30km、ここでそんなことになればもう絶望的だ。

 

公式ホームページに目をやる。30km地点に何がある…

 

わかった!救護所だ!彼らは救護所に入ったんだ!

 

「余計なことはするな!」

 

攣った足にマッサージでもしようものなら、余計に悪化させる可能性が高い。冷やして、ストレッチ程度だ。

 

このペースなら、最後の関門が鬼門だ。間に合わない可能性が出てくる。救護所なんかで時間を使っている場合ではない。

 

「早く出なさい!」“科学者”は叫んだ。「早く!」

 

 

 

 

 

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「ド畜生がぁぁぁぁーー!!」

 

思うように動かない右足にパンチを入れながら、お方さまが叫んだ。河内の女だ。口は悪い。なんせ、

 

「あなた」

 

と言う意味の言葉として、

 

「ワレ」

 

と言う、極めて攻撃的な語感を持つ言葉を発明した地方の出身だ。関西では比較的穏やかな奈良県出身の僕としては、お下品な女性だなあ、と思った。他のランナーから、知り合い?って後ろ指を指されるのがイヤだったから、ちょっと離れて走った。

 

 

最大の敵は、暑さだと思っていた。お方さまは子供のころから、外で遊んだ経験がまったくなく、汗腺が発達していないと見えて、汗をほとんどかかない体質をしている。

 

僕はトレラン用リュックを背負い、長時間、保冷状態が続くボトル2本に、スタート直前に購入した氷を詰めた。また、ホテルに頼んで前日から保冷剤を冷凍してもらい、保冷バッグに入れ、濡れたおしぼりを入れた。残った氷も同じ保冷バッグに入れた。

 

エネルギージェルなどは必要なだけ、本人に持たせていたが、他のものが食べたくなった時のためにコンビニおにぎりとクリームパンを入れておいた。

 

強力なエアソロ、アイシング用のバンデージ、当日にさえみんが貸してくれた、衣服にかけて体温を冷やすスプレー、等も持った。

 

そいつを背負うと、肩にどっしりときた。左に重心が傾いているように感じた。こいつが僕の責任だ。お方さまを、こんな世界に引きずり込んでしまった、これが僕の責任だ。

 

健康のためにランニングを始めたお方さま。でも、いま、眉間にしわを寄せて苦痛に耐えながら、あと何十キロ、片足を引きずって走ろうとしているこれは、本当に健康にいいのか?

 

人は、10キロくらいを定期的に走っている方が、絶対に健康にいいはずだ。42.195キロなんて、人間の限界を越えている。どちらかと言えば、不健康な部類ではないだろうか?

 

しかし一方で、その目標があればこそ、まったく走れなかったお方さまが、ここまで走れるようになったのだ。運動など、女のすることではない、と思っていたお方さまが。

 

結婚直後は、ほぼ月に一度は腰痛を訴え、同じ頻度で首痛を訴えていた。ひどい時は、腰痛が治った次の日から首痛になり、ほぼ毎日、どこかの骨格に異常をきたしていた。

 

毎シーズン、深刻な風邪をひいていた。胆嚢にある、MRIにさえ写らない石は、不定期に激しい痛みをもたらしていた。特にこの症状は、楽しいはずの旅行に行った際に発症した。黒川温泉に泊まった時、思い切ってとても高価な食事を予約していたが、胆嚢の痛みにもんどりうって、一口も食べられなかった。

 

お方さまは、カラダがとても弱かった。

 

僕はなんとかして、お方さまに運動をしてほしかった。産まれてから一度も運動らしい運動をしたことがなく、女性は紫外線を避け、肌を綺麗に保つよう教育されてきたため、ドラキュラみたいな日常を送っていたお方さまに、もうそんなことは必要なく、何よりも自分のカラダは自分で守れるよう、体力をつけてほしかった。

 

でも、ランニングは僕の趣味だ。自分の趣味を、嫌がるお方さまに押し付けるのは本意ではない。アウトドア嫌いのお方さまのために、いろんな提案をした。

 

エアロバイク、ビリーズブートキャンプ(懐かしっ!)、トレーニングジムでの水泳、室内での縄跳び、エトセトラエトセトラ…。

 

でも、何一つ長続きはせず、お方さまのカラダは依然して弱いままだった。

 

2年前、さが桜マラソンを走った時は、お方さまは1人で応援してくれた。この時は、カニの仮装で有名なLさんもフルマラソンを走られた。その数ヶ月後、Lさんは病に倒れ、帰らぬ人となった。

 

去年、僕が再びさが桜マラソンを走ろうと思ったのは、なによりも、Lさんの弔いの意味だった。その時、お方さまをファンランで走らせる、というアイデアを思いついた。

 

Lさんが走った年のさが桜マラソンは、どちらかと言えば寒かった。そのため、暑さに弱いお方さまでも大丈夫だと思った。10キロに満たないファンランだ、少しずつ練習したら、何とかなるだろう。

 

この、目標が決まったことで、お方さまのモチベーションが俄然、上昇した。僕とお方さまの休みが合う、月に2日か3日だけであったが、少しずつ練習を始めた。

 

キロ9分で1.5kmが走れなかったお方さまが、3km、5kmと走れるようになった。10kmを初めて走れた日のことはハッキリと覚えている。走り終えた時、お方さまは小さな声で、

 

「10km走れた」

 

と呟いた。ほんの少し、誇らしげに。

 

そして去年のさが桜マラソン。100%の雨予報が、快晴となった。10kmは練習で何度も走っていたので、問題なく完走した。

 

レースという目標があれば、お方さまは練習する!これが分かったので、北海道マラソンのファンランにエントリーした。8月の北海道マラソン、暑さに弱いお方さまは注意が必要だ。真夏の大阪城で二人で練習しながら、かけ水で体外から冷却することで完走できる道を見つけた。

 

そして、三たびのさが桜マラソン。今回もお方さまはファンランにエントリーする予定が、アッと言う間にファンランが定員になり、フルマラソンしか残っていなかった。勢いで、フルマラソンをエントリー!!

 

ここで、ドクが登場する。月間走行距離50km以下のお方さまが、どうすれば半年後、フルマラソンを完走できるか。ドクは、怠け者でサボってばかりのお方さまの性格まで考慮した、最低限の練習量で最大限の効果を発揮する練習メニュー作りに着手した。まず最初は、踏み台昇降運動10回、からスタートしたのだ。

 

それから少しずつ、練習量が増えて行ったが、走行距離では50km前後であった。最低限の練習量であったため、お方さまもイヤにならず続けることができた。

 

やがてお方さまは、メニューのことばかり考えるようになってきた。メニューをこなす時間を捻出するため、大嫌いな早起きまでして、朝ランをするまでになってきた。
最後の大きな練習は、4時間ハイキングであった。30km走は、筋肉や靭帯への負担が大きいことを懸念した、ドクなりのメニューであった。高さ400メートルの信貴山を2往復するハイキングとなったが、お方さまは笑顔でこなした。

 

僕たちは気がついた。

 

もう何年も、お方さまが腰痛を訴えていないことを。

 

もう何年も、首の痛みがないことを。

 

胆嚢の石は、未だにその存在をアピールすることはあったが、食べ物にも注意を配り、もんどりうつほどの痛みはもうなかった。

 

風邪も、まったくひかなくなっていた。

 

残り、7km。

 

「間に合う?!間に合う?!」

 

とお方さまが聞いた。ガーミンはキロ10分強を表示し、時刻は14時05分であると告げていた。のこり1時間25分。85分をキロ10分で7kmだと間に合う。

 

関門はまだあと二つ残っていたが、前半の貯金はまだ食いつぶしきってはいなかった。前半貯金を提案したドクの意見に、まさに我々は救われていた。

 

「余裕で間に合うよ」

 

と僕は言った。だが、それはもう救護所やトイレに行かないことを前提とした話で、それでもけっこうタイトな時間割だった。でも、いまさらネガティヴな話などしてどうなる?このとき実は、僕自身がトイレに行きたかったのだが、最後までもつかどうか自らの膀胱をスキャンした結果、もつ、と判断した。万一もたなかったら、ランションをやってみよう、と決意した。

 

「ホンマに?!このペースで間に合うの?!」

 

「うん、余裕で間に合うよ!」

 

お方さまは、道の右側がやや下がった形状になっている部分を走り、少しでも足の負担を軽減させていた。この時間帯にあたりにいるランナーたちはほぼ全員が歩いていたが、その歩きランナーさえ、足を引きずりながら走るお方さまは、なかなか抜き去れないペースでしか走れない。

 

37km地点、嘉瀬川沿いの最後の桜並木に入った。満開状態の桜並木だ!だがそれさえ、目にしている余裕はない。

 

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でもお方さまはここを覚えていた。去年、ファンラン完走後、この川沿いで応援していたのだ。

 

「あと5kmやで!家から公園までの、ユルユル練習の距離しか残ってないで!」

 

僕は言ったが、こんな比較は何の意味もないことはランナーならみんな知っている。37km走った後の5kmは、ただの5kmとはまったく違う5kmなのだ。

 

お方さまは走り、立ち止まり、また走り、の繰り返しになっていた。

 

1kmが長い。それでも、確実にゴールは見えてきた。

 

40km地点、桜のトンネルの中を、ものすごい数の応援者たちが、面白い格好をしてランナーたちを励ましながら、必死に応援してくれている!毎年、僕はこの場所が好きだ。今年の応援は、特に力が入っている!

 

ありがとう、皆さん!最後の、最後の関門をくぐり抜ける力を、僕たちにください!!

 

最後の関門が見えてこない!ガーミンの距離計では、もう到達しているはずなのに!

 

「ちょっと関門見てくる」

 

僕は消耗しきっているお方さまに告げ、ひとりペースを上げた。もう時間がない。

 

あった!もう、すぐそばまで来ていた!

 

「第9関門 佐賀上下水道前 40.5km 15時10分閉鎖」

 

時間はまだ、15時になったばかりだ!僕はその線を越え、振り向いた。お方さまの姿が見える。

 

「ここやで!ここが、最後の関門!」

 

関係ない他のランナーたちも、僕のこの声に顔をあげ、嬉しそうに笑っていた。

 

お方さまは僕の姿を見て、少しペースを上げた!そして今!

 

最後の関門を越えた!もう間違いなくゴールできる!

 

それでもお方さまの足は走りきることができなくなっていた。41km地点で、お方さまの足は止まった。

 

そのすきに、僕は写真を撮り、FBにアップした。きっと、ずっと気にしてくれている友達がいるはずだ。

 

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この写真に、たくさんの友達が応援コメントをくれた。

 

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「歩こう、止まらず進もう」

 

実は、走るよりも歩いた方が足は痛い、とお方さまから聞いていた。が、止まるわけにはいかなかった。もうあまり時間はなかった。

 

そしてついに、「残り1km」の看板が。

 

「よし、最後の1kmや、走ろう!」

 

「ハイ!」

 

空元気かも知れないが、大きな声でお方さまは答えた。

 

そしてついに!ついに佐賀県陸上競技場の敷地内に戻ってきた!もう数100メートルだ!

 

「池田さん!池田さん!」

 

声が聞こえた。榊原さんが、ニコニコ笑いながら沿道に立っていた。

 

確かに数ヶ月前、榊原さんは、「初マラソンって記念ですから、僕がゴールシーンを撮影してあげましょう」と言ってくれていた。が、サブ4ランナーさんだ。2時間以上、ゴール地点で待つなんて申し訳ない。きっと、リップサービス程度におっしゃってたんだ、と、その程度に解釈しておいた。

 

その榊原さんが、本当に待っていてくれた!約束どおり、自分がゴールしてから2時間以上も、ここで待っていてくれたのだ!

 


榊原さんが僕たちの写真を撮ってくれて、お礼を言って、わずか数10メートルで今度は

 

「麗子さん!麗子さん!」

 

さとじゅんが待っていてくれた!さとじゅんも1時間以上は待っていてくれたはずだ!

 

▼この直後、さとじゅんが投稿してくれたフェイスブック

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そして最後の100メートル、トラックに入った時、うさぎの耳をかぶったままのさえみんがいた!

 

▼この時、さえみんが撮影してくれた写真。なんで手なんか繋いだんだろう?

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みんなが、待っていてくれた!

 

自分の足が攣って走れずにいても、河内女の意地で1滴の涙も見せなかったお方さまも、みんなが待っていてくれたこの状況には感極まっていた。泣き顔になっていた。

 

▼鬼の目にも涙。榊原さんが写してくれた写真。2時間以上、待ってくれた榊原さんに感激し、泣いている。

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そして、ついにゴールした!!

 

ゴールしたら、福士選手の名台詞、

 

「リオ確定だべ!」

 

を叫ぶ、と名古屋ウィメンズの打ち上げで皆に約束していたので、僕はその動画を撮影してアップした。すると直後に、

 

「(滑舌が悪く)何と言っているのか分からない!」

 

とクレームが入った。もう少し明瞭に発音させるべきでした。プロデューサーとして反省しきりです。

 

「よーがんばったね!」抱き合いながら僕が言った。

 

「うん、地獄やったわ!」お方さまが言った。

 

「なんでそんなに頑張ったん?」と僕は聞いた。

 

お方さまは少し考えた後、ドクの本名を口にして、

 

「あの人に、褒められたかったからや」

 

 

 

ずっと、2人で走ってきた。

 

でも本当は、2人ではなかったのだ。

 

半年以上、ドクは、細かいメニューを作成し、消化状況を気にしながら、僕が送る動画をチェックし、改善策をまたメニューに組み込んだ。そのドクは、感極まって、前日からもう泣いていたらしい。

 

フルマラソン対策で走ったハーフマラソンには、おかべさん、うえね氏、福島さんが応援にきてくれた。

 

暑さ対策を質問したら、植ちゃんをはじめ、たくさんの人がアイデアを出してくれた。

 

前日、サプリが買えそうな博多の店を尋ねたら、たくさんの人が教えてくれた。さえみんは、自分が買ってきてやる、とまで言ってくれた。

 

飛行機や宿を取るのが苦手な僕に、オスカルくんやさとじゅんがアドバイスをくれた。
ウッチーがくれたお守りは、2人とも、身につけて走った。

 

帰ってこれるかわからないペースで進む我々を、榊原さん、さえみん、さとじゅん、みんなが待っていてくれた。とっくに電車や、飛行機にさえ、乗り込む時間があったのに。

 

すべての人のすべてのアイデア、すべてのアドバイス、すべての願いが、小さな歯車になり、そしてすべてがあの日、噛み合った。

 

バカな僕が思いもしなかった、足が攣るという事態でさえ、ガッチリと噛み合った歯車を狂わせることはできなかった。

 

我々は、ゴールすべくしてゴールしたのだ。ただそれは、決して我々だけの力ではなく、すべての人に助けられた、その結果なのだ。

 

6時間18分27秒。制限時間11分33秒前だった。

 

応援していただいた皆さん、本当にどうもありがとうございました。

 

皆さんのおかげで、お方さまはゴールすることができました。

 

これからも、夫婦で少しずつ、健康のために走って行こうと思います。今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。

 

そして最後に。

 

去年は、100%の雨予報が、雨が嫌いな僕のために快晴になりました。

 

今年は、最高気温22度、湿度96%、普通のランナーでさえ熱中症に注意しなければいけない予報が、暑さに弱いお方さまでさえ問題なく走れる気候になりました。

 

たんに、佐賀の気象予報士が予報ベタなだけ?そんなことはないでしょう、気象予報のノウハウはきっと、佐賀も大阪も東京も、同じはず。

 

では、一体なぜ、気候が毎年、これほど僕たちに有利に変わるんでしょう?

 

Lさんの魂は、日本中にあり、まだここにもあって、ずっと僕たちを見守ってくれていたように思います。

 

 

 

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同僚が再び入って来た。「ドイツ土産のチョコレートらしい。あんたも食うかい?」

 

“科学者”はパソコンのブラウザを閉じながら、笑いながら泣いている。同僚はゾッとした。何年も前に、似た表情をして、頭がおかしくなった友人がいたからだ。「あんた!大丈夫かい?!」

 

 

“科学者”は笑い泣きながら言った。

 

「もちろん大丈夫。半年の研究の成果がたった今、確認されたんだ」

 

「そ、…そうかい。…研究は、成功したのかい?」

 

「そうだな」と“科学者”は少し考えながら言った。「まだまだ改善の余地はあるが…」

 

同僚からチョコレートをもらいながら、流れる涙をぬぐいもせずに、彼は言った。

 

「とにかく、心から褒めてあげたいね」

 

 (完)