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『黄金のアデーレ 名画の帰還』 勝者に迎合し、弱者を蔑むオーストリア人に、自分自身はいないのか。胸に手を当てた。

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オーストリア人は2種類です。美術品の返還に反対する人々。一方は、ユダヤ人に加えられた不当な行為を認め、それを償おうとする人々。

 

我々は歴史のある瞬間に立っています。過去が現在に是正を求めている瞬間です。この街が見た悲惨な過去。人が他の人間の人間性を奪い、虐げ、死に追いやった。

 

人間としてこの国の方々に認めていただきたい。マリアだけでなく自分の祖国に対して罪を犯したことを。

 

『黄金のアデーレ 名画の帰還』。

 

本作の原題は

 

"WOMAN IN GOLD"(『黄金の女』)と言います。この名については作中に説明が出てきます。

 

「絵はお宅の壁から外されベルベデーレ美術館へ。叔母上の名とユダヤの関係は封印され、戦後は別名で呼ばれました。『黄金の女』と」

 

「名と身元まで奪われたわけね」

 

一家のものを根こそぎ奪って破滅させ、歴史から抹殺した」

 

STORY

 

オーストリアモナリザ」と呼ばれる『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像』は、第二次大戦中、ナチスの手により一般家庭から略奪されたものであった。アデーレ本人の姪に当たるマリアは、82歳にして、その正当な所有権を主張する裁判を起こす。亡くなった姉の遺志を継いで。ただし、オーストリアにいた頃は、名家中の名家の出身だったマリアも、ユダヤ人であるがゆえの迫害から着のみ着のままでアメリカに逃れ、今は洋服のブティックを営む身。知人の息子の、弁護士になったばかりのランディだけが頼り。

 

案の定、ウィーンでの調停は失敗に終わる。彼らが決定的な証拠を見つけたにも関わらず、だ。最初から、オーストリア政府は至宝ともいうべき『アデーレ』を手放す気などない。美術品返還の法改正は政府の人気取り政策であり、まさか『アデーレ』が俎上に上がるとは思っていなかったのだ。オーストリア側はあらゆる手を下し、『アデーレ』返還を妨害する。

 

しかし、調停を不服とするなら裁判しかない。『アデーレ』奪還の裁判をウィーンで起こすなら、180万ドルが必要になる。もちろん、ただの服屋を営むマリアに、そんなお金はない…

 

失意のうちに帰国したマリアとランディ。ランディの曽祖父はオーストリア人で、ナチスに拉致され、収容所で死んだ。ウィーンを訪れたことで自らの出自を再認識した彼は、オーストリアの態度に激しい憤りと深い悲しみを覚える。

 

「金のためだった。1億ドルもする絵だと知ったから、ウィーンに行った。金のためだった…」

 

「いいのよ。もう終わり」

 

「そうかな…」

 

 

ランディは研究に研究を重ね、ついに突破口を見つける。アメリカ国内にいながら、オーストリア政府を訴え、美術品の奪還を争う法的根拠を見つける。

 

果たして彼らは、オーストリア政府を負かすことができるのか…

 

弱者を蔑むオーストリアに、今のわれわれはいないのか

 

本作の見所は何と言っても、凛としたヘレン・ミレンの名演につきます。女性なら、誰もが、あんな風に歳をとりたい、と憧れるのではないでしょうか。常に背筋を伸ばし、困難に直面してもジョークを忘れず、皮肉とユーモアで相手と戦う彼女は実に痛快な女性です。

 

でもその背景には、ユダヤ人として、祖国オーストリアを石もて追われた壮絶な過去があります。

 

本作の中で描かれているオーストリア人は、ほぼ全員が、慇懃無礼で唾棄すべき嫌な奴として描かれています。(雑誌記者で、唯一、彼らの味方になるフベルトゥスだけが例外)おそらくオーストリア国内での評判は良くなかったのではないでしょうか。

 

本作で印象深いのは、戦時中の場面です。オーストリアはドイツに迎合し、ナチスに媚を売り、両手を広げてナチスを迎え入れる。そして、昨日まで友人だった人々を、ユダヤ人だからという理由で、蔑み、ナチスに密告し、彼らの命を奪う手助けをする。

 

実に胸が悪くなるシーンです。

 

家の前に「ユダヤ」とペンキで書かせられ、町中の人間がそれを笑いながら囃し立てる。駅では衆目に晒されながらユダヤ人が髪やヒゲを切り落とされ、旅客の全員がそれを見て笑う。

 

全存在を否定されるユダヤ人。

 

いま、われわれのそばで、似たような事態は起こっていないだろうか。

 

誰かの出自を理由に、蔑みや、個人に向けるべきでないような怒りや憎しみを、抱いていないだろうか。

 

このことを、自分自身に問いました。

 

最後に…

 

マリアが、夫とともに、オーストリア脱出を試みるシーン。

 

一流アクション映画並みの、ハラハラドキドキの場面の連続です。

 

なんとか無事、空港にたどり着く。

 

ナチの制服を着た、出国係官。

 

「手ぶらか?」

 

「急に一泊旅行をすることになって。オペラのバリトンが急病で、夫が代役に。カラヤンの指揮なんです」

 

このマリアの言い訳を聞いた係官はしばらく考えた末…

 

「幸運を」 

 

と、判を押して通してくれる。

 

彼は見抜いていたのだろう。

 

ナチにも、心ある人間がいたのだ、ということを、あのわずか5秒の場面が告げていた。