妻:また小学1年生の時の話やけどな。
夫:タイムトラベルができたら、麗子の小学生時代に行きたいわ。
妻:「コンドル」の犬に悩まされる、ちょっと前の話やねん。
夫:ウンウン。
妻:実は密かな楽しみがあってん。
夫:おっ。どんな楽しみ?
妻:学校の帰り道に、小さなスポーツ用品店があってんけど。
夫:ウンウン。
妻:そのスポーツ洋品店に入って…
夫:うん?スポーツと麗子って、もっとも縁遠い組み合わせやけど。
妻:テニスの、軟式テニスってあるやん。
夫:あるある。あれって、日本で考案されたスポーツやな。
妻:そうそう。
夫:オレ中学時代は軟式テニス部やってん。
妻:そうやったね。
夫:それで?軟式テニスがどうした?
妻:あれに使われるボール、あるやん。
夫:あるある。独特な、まあ言うてみたら、「ゴムまり」みたいなもんやな。
妻:あれのニオイが。ものごっつい好きでさぁ。
夫:…確かに。独特の匂いがあるな。ゴムと、それを保護する薬剤が混じり合ったような、独特なニオイが…
妻:あのニオイを嗅ぎたかったから。
夫:…。
妻:毎日、学校が終わったら、まっすぐそのスポーツ洋品店に行って。
夫:…。
妻:軟式テニスのボールは、その店のいちばん奥のコーナーの、いちばん下の棚に置いてあったから。
夫:…。
妻:しゃがんで、ボールを1個、つかんで。
夫:…。
妻:ずーーーーーーっと、延々と、ニオイ嗅いでてん。
夫:…変質者やん…
妻:「クンクン。クンクンクンクン。クンクンクン。クンクンククンクン。クンククククン。ククククンクンクンクン。クンクククンクンクンクク」
みたいな感じで。延々と。長い時で30分くらい。
夫:アタマおかしい人やん…
妻:1週間は、その店に通った。
夫:うわぁ…
妻:ついに、店のおばちゃんが出てきて。
夫:たまりかねたんやろね…
妻:「もう、この子は!寄り道ばっかりして!早く帰りなさい!!」って言うて、アタシを店の外に押し出してん。
夫:1週間も、テニスボールのニオイを嗅ぐだけの子ぉを泳がしてくれてんで。ええおばちゃんや。
妻:この経験で、アタシはめっちゃ大きな教訓を得た。
夫:おお!それは何?
妻:「ああ!これが『寄り道』って言うことなんや」って知った!
夫:そんなことかーーーい!!