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ポンコツ夫とポンコツ嫁はん。ランニングで健康維持しつつ映画やテレビ見ながら言いあらそうブログです。

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オードリー・ヘプバーンに会いに行こう!!!と思った話。

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1983年、大学受験に失敗し、1年間、浪人しました。

 

その時、自分に課したこと。

 

「この1年は一生懸命勉強しよう。読書、映画など、好きなことは、1年間だけは封印しよう」

 

このことを自分に課しました。

 

この掟は、ほとんど守ったのですが、たった1日だけ、この掟を破った日がありました。

 

オードリー・ヘプバーンが来日したのです。

 

僕は彼女の大ファンで、彼女が好きだったから映画が好きになったようなものです。

 

ところが彼女は日本に来たことがありませんでした。

 

その彼女が日本に来る、というではありませんか。

 

それも、新作映画の宣伝ではありません。

 

彼女の古くからの友人であるデザイナー・ジバンシーのファッションショーに出るというのです。

 

ファッションショーに興味など全くありませんでしたが…

 

生でオードリー・ヘプバーンが見られるなんて、もしかしたら人生で最後のチャンスかもしれない…

 

正確な日付は忘れましたが、大阪のフェスティバルホールだったことは覚えています。

 

ジバンシーが何者か、オードリー・ヘプバーンのファンであった僕は知っていました。世界的なデザイナーで、オードリー・ヘプバーンの映画(プライベートもだけど)の衣装のほとんどを彼が手がけています。そんな彼のファッションショー…(^◇^;)

 

確か、白のとっくりのセーターとジーパンを着て行ったと思います。

 

周囲は、それっぽい人たちばかり。19歳の白いとっくりの青年は、かなり浮いていたと思います…(^◇^;)

 

ただ、ショーが始まってしまえばこっちのもの。誰も僕なんか見ていません。

 

華やかなショーは進み…

 

でもオードリー・ヘプバーンなんか登場せず…

 

そして、ほぼ、ショーも終了。2メートルの長身のジバンシー本人が出てきて…

 

もう、いよいよ終わりだ、と思ったその時…

 

ジバンシーに促されるように、オードリー・ヘプバーンが出てきました。

 

確か、シルバーのドレスを着ていたように記憶しています。

 

 

両手を広げて、ジバンシーと腕を組んで…

 

彼女が舞台に出ていたのは、1分か、それくらいでした。

 

チケットは、確か、一番安い席でしたが、それでもジャスト1万円でした。